実感もわかず。 感触もわかず。 永遠に近しい日々は、音も立てること、なく。 冷たい相貌は、やさしく美しいまま。 触れたけれども、それが果たしてひとの体温をもっているのか思い出せなかった。 何故なら御身は生あるものに触れたことなど、なかったのだから。 だから、彼は、なににもまして狂おしいほど愛おしい女の温もりを感じることすら出来なかった。 「千鶴」 拙い舌が、いとしい女を呼ぶけれど。 死した彼女は既に死に、残るのは肉の器のみ。 それさえ、この徐福に置くことを彼は厭うのやもしれないが。 男にとっては、構わないことだった。 彼とて、今はそこまで頭がまわっていないのだろう。 目の前の現実で、頭が回りきっていないのだろう。 だから、傍に己がいることも赦す。 付き合いの短くない徐福の道士は、笑みを浮かべることなく呆けた人形を見ていた。 美しい人形が、そこにはいた。 ごっそりと大切なものが、削げ落ちて。 ごっそりと哀切をその身に、背負って。 はらはら流れる涙は、静かであり、かみ締めることもなかった。 ただ、流れる涙は美しかった。 「思徒少爺」 呼ぶ声に、呆けた顔のまま首を反らされ反応を返される。 赤い瞳は空ろだった。 先代と一度だけ見た、目覚めたての彼にそれはよく似ていた。 本人なのだから、似ていたというのは可笑しいかもしれないが。 それにしたって、ここ一年内で彼はあまりにも表情豊かになってしまったから。 こうした表情は、久しぶりで。少しばかり、実感が伴わなかったのだ。 「とう………ほう………」 震える舌が、自身を呼ぶことに男は少しだけ意外な顔をしたけれど。 それでも、構わずに笑みを浮かべた。 既に死した死人の前ならば。 沈痛な面持ちを浮かべるだけ、無駄だ。 死者を蹂躙する術師は、死に対して非常に冷酷で軽薄だった。 「是、思徒少爺(はい、思徒様)」 細い指先が、旗袍の端をつかむ。 無意識だろうことは容易に想像がついたため、その手を振り払うことはしなかった。 はらはらと流れる涙は、美しかった。 傷ついた彼は、とてもとても美しかった。 美しかった。 *** けれどこの方も死人なれば、過去形こそが相応しいのでしょうね。 |