膝の上に抱いて、椅子を少しだけ揺らす。
 はじめのうちは次の"董奉"を篭絡して自由になる気かと警戒されたが、明らかにそうでないのがわかれば捨て置かれた。
 子どもと、化け物。
 二つの取り合わせは、坩堝の徐福でさえ異端視された。
 けれど化け物は気にすることもなかったし、子どもは自分の立場を弁えていた。
 だから、他の人間がうろたえるようなことはなにも起きなかった。
「思徒少爺」
「―――うん?」
「本当に、わたしになにもお命じにならなくて、良いのですか」
「何故だ?」
「だって、ほんとうは」
 ほんとうは、ここに居たくないのでしょう?
 短く発せられかけた言葉を、干菓子を押し付けることで封じた。
 甘い甘い、舌先から崩れ落ちそうな甘い菓子。
 それより更に、欲を沸き立たせる白い指先。
 最高級の手入れが事欠かれない、その証拠。
「いろいろと、してみようと思って」
「いろいろ、ですか?」
「そう」
 色々。
 空ろな赤い瞳が、ひっそりと笑みになる。
 今はまだ名を持たぬ、次代"董奉"は、けれどその笑みに背筋を凍らせた。
 冷たい指先も、冷たい身体も、最早慣れたと思っていたのに。
 空っぽの瞳だけは、未だ慣れぬ。
 そして永劫、慣れることはないのだと思って。
「思徒少爺」
「―――」
「少爺?」
「その呼び方、嫌だ」
「え?」
「やめろ、それ」
 命令になれた、平坦で冷淡でけれどどこか拗ねたような声色に。
 では、どうお呼びすればと困った声。
 困惑が楽しかったのか、小さく微笑むと、少しだけ悩むようにして。
「お前に日本語を教えようか」
 思いつきの言葉を、発した。
 子どもは首を傾け、化け物は嗚呼、そうしよう。それがいいと楽しげに。
 困る風の子どもに笑いかけて、そっと頭を撫ぜた。
「いつか俺がお前を憎むようになるまで、甘やかしてやろう。"董奉"」
 言葉の意味が、子どもにはわからなかった。
 多分そのままなら、仕合わせでいられたのだろうと。
 それだけは、確実に思えるだけで。



***
 董奉に優しい思徒だっていいじゃなーい。(棒読み


解読拒絶




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