「老爺がお呼びですよ、思徒様」
 怠惰に顔を動かす。
 濁った瞳に、"董奉"は露骨なため息をついた。
 彼は餌であり、至宝であり、芸術品だった。
 周囲は躍起になって、彼を高みへ連れて行く。
 転がり落ちたがっている彼とは、反対に。
 阿片窟では到底手に入らぬ、上質の阿片。
 当然だ、その元締めの場所にいるのだから。
 何よりも、誰よりも優先される身に、目の前の"コレ"はいた。
 視線がつい、と上がり、また煙管を口元へ近づける。
 空ろな視線は死んだように、と評するに相応しいものだったが、実質コレは死んでいる。
 否、生きていないという言葉に変えても良い。
 少なくとも、イキモノという枠からは外れているのが事実だ。
 死んだ瞳として、充分表現出来よう。
 空ろと虚ろを兼ね備えた、あか色の化け物の瞳に光は無い。
 水煙管のような入れ物は、阿片を吸うのにひどく一般的な代物だ。
 寝台にしなだれかかるようにしている女達を一瞥し、董奉は呆れたように息をつく。
 今度は視線さえ、寄越すことはなかった。
 当然だ。そんなことでいちいち反応するほど、彼は生易しくも優しくも若くも初心でもない。
 化け物として、忌み嫌われ蔑まれ崇め奉られる。
 醜悪な芸術品。

「―――は?」

「は?」

 濁りきった瞳が、ようやく上がった。
 空ろな瞳がとらえるのは、転がる果実でも、美酒でも、女でも、薬でも、当然なく。
 唯一、無二。
 狂い、死んで、生かされ続けていた、女のこと。
 無様だと、心底思う。
 否、それだけではない。哀れだとさえ思う。
 己の心の内を知ろうと、彼は関係ないと切り捨てるだろうが。

「千鶴………」

 亡羊とした声だけが、紫煙に塗れた部屋に響いた。
 嗚呼、こうまでして生き伸びたい気持ちがわからない。
 所詮私は唯の"人間"
 董奉は、嗚呼、なんて哀れ。と、唇だけで呟いた。



***
 思徒の過去は私の好み直球過ぎてひどい。


欠落陰生




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