暗い穴を想像する。
 たったひとつの櫛に縋る。
 かのじょをおもいだす。
 あのひとをおもいだす。
 思い出して。
 笑っていてくれと願う。
 笑っていて欲しいと望む。
 望むのはそれだけだと、嘯く。
 願うのはそれだけだと、叫ぶ。
 繰り返し、何度でも。
 し続けて、百年を数える。
 それでも、囀り続ける。
 飽きるほどに、何度でも。
 自分のことよりも、かのじょを。
 あのひとを。
 優先してくれ、大事にしてくれ、守れ。
 それが最後の枷だと思い知れ、彼女に危害を加えれば。
 化け物は化け物として牙を向こう。
 無言でそう言うように、"おんな"を条件に出せば至高の芸術品はあらゆる願いを聞いた。
 願いというには醜悪で、趣味も品もない下種の欲望を叶え続けた。

「いつまで」

 肘をつき、俯いていた思徒の顔が上がる。
 赤い瞳は疲労を明らかにしていた。
 当然である。

「いつまで?」

 身体が朽ちぬ、至高の芸術品。
 美しい化け物。
 だが。
―――だが。
 ねぇ、精神は?

「いつまで」

 ゾンビの本能ではない。
 生き飽きる倦怠感とも違う。
 摩耗し疲弊し終には途絶える意思ではない。

 精神は?

「意志でもっているような、ものですからねぇ。思徒様は」


 どこまで平気ですか。
 どこまで耐えられますか。
 董奉の言葉に、思徒は顔を伏せた。


 いつまで耐え続ければ、終われますか。



***
 大丈夫という言葉は大丈夫じゃないひとが言う言葉。


戦場鳥は啼く




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