朝というわりに、早朝のあの清廉とした空気は既に無く。 ざくざくとした、荒い空気は汚れている。 ざわつく教室は既にほとんどの生徒が揃っていた。朝八時十五分。 そろそろ予鈴と共に教員も来ようかという、時間帯。 「なァー。そういや芝、この間の女と別れたって?」 「え、嘘マジなんで?」 恋愛バナシに食いつきが良いのは、中学生という思春期ゆえか。 ごく自然に文庫に眼を通していた芝だったが、顔をあげるとそういえばそんなこともあったか。程度の様子で頷いて見せた。 拘っていないことが、丸分かりの態度である。 「なになに。なんで」 「別に、大した理由じゃないけど」 些細なことが赦せない、女性の拘りのようなものだろうか。 それと、芝自身の感性が合致することは多くない。 「ていうか、別れたっていうより振られたんだし」 「………お前が告られたんじゃねかったっけ?」 「うん、まぁ」 矢張り拘りは無いらしい。 後悔の欠片も見当たらないほど、実にさっぱりとした態度である。 「なんで?」 「ちっちゃいことなんだけどねぇ?」 言って、ふに。と、つい数分前に駆け込んできた知佳の頬を指先で突く。 眠たげなままで来たせいか、むずがるように嫌そうな態度を示したがそれきりだった。 面白そうに、芝は突くことを繰り返す。 それが、他の少年達には焦らしていると感じたのだろう。 いいから教えろ、と、せっついてきた。 「俺が、いつまで経っても名前呼び嫌がったから」 嫌いなんだよなぁ、名前で呼ばれるの。 なんでも無いことのように、本当にあっさりと言いながら、知佳へのちょっかいは止めない。 少年達は、一度停止して。 「そんだけかよ?!」 騒ぎ出した。 「そんだけだけど? てか、静かにしろって。知佳起きちまう」 「いや、赤月のことよかさ。おま、それくらいいいじゃん別に。彼女だろー?」 一人が言えば、何人かがうんうんと頷く。 けれど、芝は譲る気など毛頭ないらしく嫌だの一点張りだ。 「お互いその程度で別れられるくらいだったんだし、良かったんじゃない?」 いつもの様子でちらと笑って、黒髪の知佳の髪を撫でる。 机に突っ伏して眠る彼を、楽しげに見やって。 「なー、知佳ちゃん?」 眠っている彼の耳に、そっと、楽しげに口元を寄せた。 震える喉が笑みになるのは、致し方ないことか。 君に呼ばれないのに。 どうして適当に付き合う女なんかに。 名前を呼ばれる、ことを赦せよう。 *** だからといってチカに名前呼ばれてもカノジョに呼ばせるのは嫌がる芝、とか。 |