「請別動(動かないで下さい)」 言われても。 緋色の、まるで玉座のような、椅子に。 がっしりと、黒革で拘束されている自分には、どう動くのかさえわからない。 業とらしく巻かれた、口を完全に覆う呪符。 多少息苦しい以外には、特に思うところはない。 化け物の声には、呪いがかかっているとでも思っているのだろうか。 下らない。 吐き棄てる権利さえ、今の思徒には持たされてはいないけれど。 首を仰いで、見やる。 拘束具の具合を確かめていた男が、首を傾けた。 「怎麼著做??(どうしました?)」 声を返せるはずがないと、知っているのに。 問い掛けてくるのは、嫌がらせだろうか。 それ以外、考えなどつくはずもないのだが。 やっていられない。というほど、捨て鉢になったわけではないのだが。 見ていてやる必要も感じなければ、顔を背けた。 「思徒少爺」 意外なものを見るような、声で、呼ぶが。 最早興味も失せたものに、対応してやる気なぞハナから無く。 到って平然と、無視をした。 「那個樣子,很好地相稱?(その御姿、良くお似合いです)」 お仕着せの衣は黒。 髪に合わせて、一分の隙も無いほどに漆黒の旗袍。 露のままの二の腕に、革の枷が良く映える。 銀糸をふんだんに使われた刺繍は、裾にうねる竜が悠然とあしらわれている。 よく見る必要もないほど、釦も生地も全てに多大な手間と金銭をかけられていることがわかる品だ。 何の変哲もない者が着れば確実に衣装負けをしてしまうところだろうが、生憎と思徒を引き立たせることはあれど潰す要素はひとつも なかった。 まるで、自画自賛するように。 満足げに、男は幾度も首肯する。 そっと、光を弾く黒髪を董奉は指に絡めた。 弾力のある上質の髪が、男に絡む。 顔を近づけて、肌を包み込む。 「不是五本指甲的辰的事,被後悔(五本爪の竜でないことが、悔やまれるほど)」 古く、竜王の爪は五本とされた。 その意匠を赦されているのは、皇帝か。 そうでなければ、地下街の主だけである。 彼は、徐福の至高であり、芸術品であるけれど。 だが、其れ以上のものではない。 故にか高貴の紫にせよ、五本爪の竜の意匠にせよ赦されるものなどありはしない。 「不知不覺,紫色的?能看??(いつか、紫色の貴方を見ることが出来るでしょうか)」 永遠に無いと、信じているくせに。 疑ってもいないくせに。 そうして戯言を叩く、徐福の化け物調教師を。 殺したいと、嗚呼と、心中で呻いた。 *** 黒社会のことはさっぱりわかりません。 |