嘆きながら、壊れていく様は。
 きっと、もっと。
 美しいのだと、思う。
 其処に、彼女がいれば。
 この化け物は、いくらだってどれだけだって無理をして。
 従うしか、ない。
 だってこの化け物には、"彼女"しかいないから。
 彼女しかいないから。
 彼女しかもう、いない。
 死に別れることがないことは、あの化け物が一番よく知っている。
 そう、彼女は徐福の哀れな実験体に過ぎず。
 そしてなにより大事にされなければならない、あの化け物への切り札。
 "董奉"よりもなお強い、強制力で従わせることが出来る唯一の存在。
 それが壊れていようと、狂っていようと、崩れていようと。
 ただ、彼女が彼女でありさえずれば、それでいい。
 どれだけ、おぞましい姿になっていようと、元型を留めていなかろうと。
 "彼女"はいる。
 それだけで、あの化け物は従わざるをえない。
 何故なら、最早それしか残されていないから。
 なんて可哀相! なんて悲劇的な!
 なんて狂おしい愛だろう!!
 果たしてそれが、ただの親子愛かそれとも化け物の唯一の縁だからかは、董奉自身に知るところではないのだけれど。
「思徒少爺?」
「別用那個名字招呼………!(その名で呼ぶな………!)」
「這個失禮了(これは失礼致しました)」
 まるでそうとも思っていないのが、明らかな様子で。
 けれど態度ばかりは慇懃に、告げる。
 ぎしりぎしり。欠けてしまうのではないかというほどに、奥歯が擦りあわされる。
 悔しさもなにも、諦めることを知らない。
 いや、最早、どう諦めて良いのかもわからないのだろう。
 可哀相なほどに、愚かだ。
「思徒様。同情して差し上げましょうか?」
「気色悪い。あの人を返せ、俺たちに干渉してくるな。衝動くらい、どうにかしてみせる」
 それで終いだと。吠え掛かって。
 出来もしないことを、強がる子どものようだ。
 外見に引き摺られる精神。魂。
 ならば、その在処は―――。
「思徒様」
 繰り返し繰り返し呼んで。
 薄い舌を差し入れて、口内をかきまわした。
 身を捩っても、振り払えないほどに強く両の頬を包む。
 殴るという選択肢を選ぶことは、難しいのをよくわかっていた。そうなるように調教したのだから、当然だ。
 嫌がられているのが、どこまでもわかって。
 えも言えぬ快感が、頭を染め上げる。
 絡まる舌も、絡められる唾液も。
 送り込まれる氣も、なにもかもがあまりにも甘美。
 閉じようとする顎を無理に押さえて、口の中をかき回した。
 吐きそうな表情が、また、そそられる。
 やがてゆっくりと離してやれば、まずは息を整えるのに必死だった。
 見ていて、なんて、飽きない化け物だと、思う。
「思徒様」
「從我眼前消失變態(俺の目の前から失せろ変態)」
 続く語さえ赦されず、早くしろと乱雑に腕を振るわれる。
 それでも実力行使に、出ないのか出られないのか。
「那麼、再見(それでは、また)」
 言う前に、盛大に唾を吐かれた。



***
 べろちゅー。


何処までも手の上




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