沢田綱吉が、ボンゴレ十代目に就任してからけっこうな年数が経過していた。 対外的に、彼と元十代目候補ザンザスの仲は悪くない。むしろ、良好といえるだろう。 組織にとって暗部を担う存在は必要不可欠であり、馴れ合いは好まれないが関係が悪いのも歓迎されない。 ザンザスという男は、組織の長となるよう育てられた期間が長いせいか己が負うべき責務をよく理解していた。 これはなにも綱吉は理解が低いというわけではなく、幼少期以降引き取られた環境によって形成された性格に起因しているといえた。 ヴァリアーという組織は少数精鋭であり、そのほとんどが常にヴァリアー本部を空けて諜報に、暗殺に、飛び回っている。 各地から上がる報告を受ける男は忙しく、執務室で日の大半を書類と共に過ごしていた。 ある意味、一番連絡がつけやすい相手といえよう。 故に、まともな連絡が取れなくなって三日。綱吉は流石に異常事態と判断し、自ら右腕と晴れの守護者を伴いヴァリアー本部へやってきた。 幹部へ仕事をまわすには、それなりのランクがある。 ただでさえヴァリアーを動かすには相応の金額が必要とされるのに、幹部クラスともなれば桁を幾つも変えることになる。 当然、そんな彼らに矢継ぎ早に任務が舞い込むはずもなく、必要以外は待機を命じられているヴァリアー幹部の面々はドン・ボンゴレがやってこようとのうのうとした態度のまま談話室で彼らを迎えた。 唯一生真面目に三人を案内してきたレヴィが、鋭い視線を綱吉に向けて不機嫌げに部屋を出て行く。 同じ空気すら吸いたくないと言わんばかりの男に苦笑を落としていれば、いつも通りの笑みを浮かべながら手招きをしているベルフェゴールへ近づいた。 「Ciao、ベル、マーモン。久しぶり」 「ししっ相変わらずじゃん、ツナヨシ」 「Ciao、ドン・ボンゴレ」 適当に座りなよ、と促されて、右腕もソファへ座らせる。 了平は、奥のキッチンでお茶の用意をしているルッスーリアを手伝うと場を離れた。 「それで? 今日はどうしたんだい。わざわざこんな所に来るなんて」 ベルフェゴールの隣で、ちんまり座る小さい相手に苦笑を浮かべる。 口を開くより先に、右腕がイラついた様子を隠しもせずに口火を切った。 「テメェら、ザンザスはどこ行きやがった」 「ボス?」 「そうだ。この三日、定時連絡もロクなモンを寄越しやがらねぇ」 「必要な書類は、滞りなく君らのもとに届いてるはずだよ」 「そういう問題じゃねぇだろう! 礼儀の問題だ! 礼儀の!!」 あからさまに語を荒げる男に、王子様とフード姿の呪われた赤ん坊は顔を見合わせると、どうしたものかと言うように息を吐いた。 「なんだ、言いたいことがあるなら言えばいいじゃねぇか」 「ムム……。口にし辛いこと、っていうのもあるんだよ。世の中には」 マーモンの言葉に、ベルフェゴールもまた首を縦にした。 そこへ、ティーセットをワゴンで押しながらルッスーリアが苦笑交じりにやってくる。 並ぶように了平がワゴンに乗り切らないパイを二つ、携えていた。 「はい、ドン。せっかくいらっしゃる、っていうお知らせを頂戴したものだから、はりきって作っちゃったわ」 「ありがとう、ルッス。いい香り〜。獄寺くん、少し落ち着こうよ。ね、お茶でも飲んで」 「しかしですね十代目!!」 「お前達、ルッスが入れてくれた茶は極限に美味い! ザンザスのことも気にならんではないが、まずは茶でも飲んで一息つくのも肝要だろう。こっちのパイは京子が習いたいといっていた一品だぞ!!」 「キョウコもハルも、教え甲斐があってつい、はりきっちゃうのよねぇ」 言いながら、淀みのない手つきでそれぞれへティーセットを置いていく。 給仕としての完璧な所作に思わず感心を抱きながら、本題を脇へ置いて彼らはお茶を頂戴することにした。 そうしていると不思議なもので、あれほどざわついていた心が落ち着いてくる。 一頻りマカロンやパイ、スコーン、サンドウィッチ。 典型的なアフタヌーンティーを楽しんだ後は、獄寺も余裕が見えてきていた。 「ボスはね、ちゃんと執務室にいらっしゃるわ。それは大丈夫」 まず、切り出したのはそんな言葉。 それは、綱吉達もわかっていた。メールで送られてくる仕事は、常と変わらない。 ただ、一方的なのだ。 電話には出ず、メールも返信しない。必要最低限の定時連絡すらおざなりでは、怪しむなというほうが無理というもの。 「なにかあったの? 病気とか? だったら、仕事を無理しないで療養に専念するよう、俺からも言うけど」 「うしししっ。ボスがお前になんか言われたからって、大人しくするはずないじゃん」 「余計なことだって、一蹴されるのがオチだよ」 「う……、そうかもしれないけどさ」 言うだけ言ってみようか。そんな優しげな申し出に、けれどヴァリアー幹部は揃って首を横にする。 そうではないのだと、暗に告げられてしまえばやはり小首を捻るしかない三人だ。 「極限にわからんぞ。ルッス、ザンザスは何故いきなり引きこもった」 「引き篭もりって……、そんな風に言わないで頂戴。今ね、ちょっとスクが不安定な時期なのよ。ボスはそれに、お付き合いしてあげているの」 「スクアーロが?」 訝しげな獄寺の声であったが、もっともな反応だろう。 彼らの知るスクアーロは、とにかく大声で騒ぎ、喚き、暴れる人食い鮫のように凶暴な人間。 剣と刀という違いはあれど、修行と称して訓練を互いに交わす山本ならばともかく、関係の浅い彼らにスクアーロと不安定など結びつこうはずもない。 「センパイ、何年かにいっぺんこーなんだよ」 傍らのマーモンを膝の上に抱き上げて、抱きしめながらベルフェゴールが呟くように言った。 大人しく腕にいる赤ん坊を抱く力を、少しだけこめる。 けれど、文句は上がらなかった。 「もしかして、定時連絡もザンザスじゃない……?」 「な……ッ!!」 「それは、超直感?」 「ってわけじゃ、ないんだけど……」 嵐の守護者があげた声を、一度手で制し伺うような視線を向けるけれど、誰もなにも答えない。 だが、浮かんだルッスーリアの微かな笑みに綱吉は自分の言葉が正しかったことを確信した。 二度の"揉め事"を起こしたヴァリアーを、ボンゴレ上層部は未だ警戒している。働きの優秀さから目溢しされているが、同時にドン・ボンゴレが管理しているから、という理由も大きい。 定時連絡を誤魔化したとバレれば、一大事。 ザンザスもだが、綱吉も責任を問われる。 黙したまま"気付かなかった"ことにして、彼は次の語を促した。 「言ってしまえば、仔猫産み立ての母猫みたいな状態でね。私達なら扉の前に立って用件聞いたり、急用ってことをわかってもらえれば部屋の中へ入るのもなんとか許してくれるけど。メイドなんかは全然駄目。同じフロアにいても、気配感じ取ってビンビン殺気飛ばすのよ」 今も、綱吉達がヴァリアー本部に居るからきっと警戒してぐるぐると毛を逆立てた状態でいるに違いない。 仕方のない子供でも相手にするような言い方に、目を瞬かせるしかないドン・ボンゴレと守護者達だ。 「ボスをね、守りたくて守りたくて仕方ないの。時々それが、行き過ぎちゃうのね」 空白の八年は、恐ろしく空虚な八年だった。 あの時の傷が、癒えることは無いだろうというのはヴァリアー幹部の誰しもが口に出さずわかっている。 「ボスもいつもなら、殴って御仕舞いにするんだけどさ。こーゆー時のスクアーロって、マジで半端ないもん。今のスクにとっちゃ、全部敵だぜ? わかる?」 ぱらららら、と、手の中からまるで手品のようにナイフを舞わせながら、ベルフェゴールは聞くでもなく問いかけた。 厚い前髪越しに視線を受けた獄寺が、押し黙る。 幼少期、どうしても義理の母や父、正妻の娘であった姉に馴染むことが出来ず荒れていた頃は、世界全部が敵に見えていた。覚えのある、感覚だ。 「あと数日もすれば、元に戻るよ。今は放ってあげてくれないかい」 「うむ……。ヴァリアーとして、問題が無いのならば構わんのだろうが。どうする、沢田」 「え、あ、俺も、別に。なんか実は起き上がるのもきついくらいの、尋常じゃない身体の崩し方してたり、任務で大怪我したとか、そういうんじゃないってわかったし。ヴァリアーは、あくまでもザンザスを中心にした組織なわけだから。ザンザスが認めてのことなら、俺がなにか言う筋合いは無い」 「そう言っていただけると、ありがたいわ。ドン。叛意は無いし、他意も敵意も無い。けれど、ご老体にはあまりわかっていただけないのよね」 「ししっ、だからアイツら全部殺しちゃおう、って王子が言ってんのにさ」 「……長老がたには、俺から"なにも問題なし"っていつも通り言っておくから、皆殺しはちょっと勘弁してください」 がっくりと肩を落とす綱吉に、ルッスーリアと了平が笑う。 手伝うことを宣言する獄寺を王子様がからかい出して、巻き込まれたマーモンが悲鳴を上げれば。 後はお定まりの、いつもの笑いを含ませた大騒ぎだ。 *** ひとつのことを裏・表で書きたいんですが、なんで裏から思いつくんだろう……。(この場合ザンザスとスクアーロから先に書くべきじゃないのか… |