気づけば平原にいた。
 ベッドで眠っていたはずなのに太い幹を背に眠っていて、木陰から差し込む光に目を細める。
 フードを被っていないためか視界は広く、明るい。
 ぺたぺた顔を触ってみれば、それが自分のよく知らない自分の姿であったことに気がついた。
 十年以上赤子としての姿ばかりだったから、自分の年齢など忘れてしまった。
「随分悪趣味だね。僕にこんな幻覚を見せるなんて」
 姿を現したらどうだい、六道骸。
 冷静な呼びかけからひとつ間を置けば、瞬きの一瞬で現れたのが藍色の髪とラフなシャツとスラックス姿の男だ。
 細く一本伸びた髪が、肩口から覗いている。
「こんばんは、アルコバレーノ」
「挨拶なんて交し合う関係に、なった覚えはないよ」
 言い切って切り捨ててやれど、骸は気にすることもなくくすくすと笑った。
 それがとてつもなく気に障り、ム、と唇を引き結ぶ。
「大体、未だヴィンディチェに囚われている君が僕に何の用だというんだ」
「依頼がひとつ、ありまして」
「ならば僕に直接ではなく、ヴァリアーへするんだね」
 指名料は高いけど。言ってやれば、笑みのままの相手は首を横にした。
 ため息をついて、腕を組む。
「殺しなら、人様に頼らずとも僕は一人でこなせます」
「だったら、僕をこんなところに呼び出した理由はなんだというんだい」
 ヴァリアーは黒社会の暗部を担う組織であり、自身はその一員。
 暗殺や殲滅を主任務とする自分に、では一体何の用だと。
 問いかける視線は、どこか疲労を伴っていた。
「支払いは、あなたの言い値で構いません」
「ムム?」
「あなたのその、幻術の腕を見込んで依頼があります。―――僕のクロームに、幻術の強化プログラムを組んで頂きたい」
「………はぁ?」
 思わず、漏れたのはそんな品のない声だった。
 だが、寸分違わずマーモンの心を表した声でもある。
 そう返されるのをわかっていたように、骸は肩を竦ませた。
「他意はありません、言葉のままです」
「……レヴィはまだ、沢田綱吉を十代目と認めていないよ。そんな相手の守護者に、協力するとなると面倒が増えるんだけど」
「では、その分も含めて口止め料と謝礼として上乗せさせて頂きましょう」
「ム……」
 なんというか、非常に魅力的な依頼だった。
 言い値で良いというのもそうだが、上乗せすることに躊躇いが無い。
 相手が此方の報酬基準を知らないはずがないとなれば、嘘を吐く気も此方を謀る気もないだろう。
 とても魅力的な依頼だった。魅力的過ぎて怪しんでしまうほど。
 訝しげに見つめれば、気づいたのか少しだけ笑みを消した顔で応えが返る。
「あらゆる手を打っておくべきなのですよ、今度の戦争のために」
「抗争、の間違いだろう。ボンゴレに、拮抗出来る組織など」
「ミルフィオーレ」
 言いかけた言葉を遮るようにして告げる言葉に、マーモンは柳眉を顰めた。
 急成長を続けている、マフィア。
 ジッリョネロとジェッソという新旧の血を合わせた彼らは、超直感などなくても胡散臭い。
 今はまだおとなしくしているが、それがいつまで持つかわからない。また、楽観視出来る相手でもない。
「遠くない将来、必ずボンゴレに最悪が訪れる」
「そのための布石か。それなら、君が教えてあげればいい。僕になど頼らず」
「残念ながら、僕は実体を得なくても長時間あの世界に留まることは出来ないんですよ。それに、どうしても意識の数パーセントを僕が使ってしまう。全力の修行など、それでは出来たものではありません」
 それで全てを言い終えたように、骸は「報酬は弾みますよ」と笑顔で言った。
「………なんで僕なのさ。霧属性の優秀な術者なんて、他にもいるだろうに」
「僕は、実力がわからない相手や伝聞での実力者など信用していません。君は、僕が知る中で最も優秀な術師ですよ。アルコバレーノ、バイパー」
「……わかった、報酬は僕の言い値で先払い。口止め料としての分も上乗せして、引き受けてあげよう。―――但し」
 ぎし、と質感を伴う眼光を煌かせれば、はてと首を傾げられる。
 けれど気にすることなく、睨む色を褪せさせることなくマーモンは言い切った。
「僕はアルコバレーノのバイパーじゃない。ヴァリアーの、マーモンだ。マーモンの僕が、依頼を引き受けた」
「クフフフ、失礼いたしました。ヴァリアーの、強欲」
 笑いさえ、こちらの精神を逆撫でするような男だ。
 この不快感の慰謝料も上乗せしてしまえと、マーモンは心の中で電卓を弾いた。



***
 多分、依頼料は億を軽く超える。お金の出所は、どこかのマフィアの裏金で。


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