夕飯時分には聊か早く、お茶は通り過ぎてしまった時間帯。
 剣の手入れも次の仕事の手配も終わらせたスクアーロが、なにとはなしに談話室へ赴いたのはただの気まぐれだった。
 それでなくとも、ヴァリアー幹部の面々は談話室で屯っていることが多い。
 扉を開ければ、見知った派手な姿。
「ルッス」
「あら、どうしたの?」
 雑誌を眺めていた彼女が顔を上げれば、斜向かいに座るよう足を向ける。
 新しいカップを用意されて、差し出されたのはアールグレイだった。
 紅茶を特段好むわけではないのだが、まだ少年だった頃からザンザスの傍にいたせいで覚えたのである。
 茶の類は、味と香りを楽しむもののため無味無臭の毒薬を入れるのに適していた。
 主を危険から守る一環として、スクアーロの舌は「なに」は「どんな味」であるのか正確にファイリングされているのである。
 その頭をもう少し他へ使えないのか、とは、当の主からの言葉なのだけれど。
「聞きたかったんだけどよぉ」
 暖かく湯気の上がるティーカップへ視線を落としたまま、問いかける。
 ちらと一度視線をやれば、促すような仕草。
 喉を引っ掛けるのは、躊躇いだ。ごくんとあえて飲み干して、銀色は口を開いた。
「知ってただろ」
「……なにを?」
「言わせる気かぁ、俺に」
 重ねて問うでもなく問えば、失笑が返される。
 言外に、自身の憶測が正しかったことを知った。
「アタシだけじゃないわよ、言っておくけど。レヴィも、マーモンも、ベルちゃんも知っていたわ。っていうか、そういうの苦手なスクアーロが調べられたのに、他の面子が調べきれないわけないでしょう。おばかさん」
「あ゛ぁ゛あ? レヴィはわかるが、マーモンやベルもだぁ?」
 レヴィは、半分以上ボスのストーカーだ。
 自分と比肩するほどの忠誠心の塊ゆえに、ゆりかごが起こされた理由など調べようともしなかったのだろうが、あのストーカーがボスのことを調べつくさないはずがない。
「ルッスは、なんだって知った?」
「それ聞いちゃう? 言っておくけど、情報源はアタシのコレクションの中よ?」
「……内部の人間に、手ェ出すのはやめとけぇ」
「あらん。自由恋愛に口出しするなんて、野暮ねぇ」
 どうやら、"彼氏"の一人がボスの出生を知っていたらしいということはわかったが。
 それだけ上層部の男の死体が、ルッスーリアの私室にあるのかと思うと別の意味で顔を顰めた。
 気づいたのか、バレやしないわ。と暢気な言葉。
 ヴァリアーの中でも比較的常識人に数えられる彼女ではあるが、趣味ゆえに私室に近づく者は本部を合わせても自分たち幹部連中しかいないことはわかっている。
 なにかあっても庇わないと呟けば、それで充分とサングラス越しにウィンクをされた。
「ベルちゃんは、あの子あれで本物の"高貴な血の持ち主"ですからねー。処罰にしては監視者が極端に少ないことや、ボスの放っておかれ具合不振に思って調べだしたらしいわ。マモちゃんは」
「あー、まぁなぁ。金も絡むだろうし」
「ボスを脅そうというより、その秘密に近づいた人間を脅す色のほうが強いでしょうね。巧妙に隠されているものだけれど……、失礼な話よねぇ? アタシ達が、ただ殺して壊してハイ御仕舞い。しか出来ないわけないでしょうに」
 台詞の後半を掬うように仕方なさそうにスクアーロが言えば、いっそ感心するような声でルッスーリアも頷いた。
 どちらにせよ、幹部全員知っていたことになる。
 ヴァリアーが担うのは、裏社会のさらに暗部。当然、機密情報には鼻が利くように出来てくる。
 そういう生き物に、なっていくのだ。
「別に、良かったのよ。アタシはボスがボンゴレ10代目に相応しいと思っていた。血筋のみしか気にしないボンゴレに、目を覚まされてから三行半突きつけるも良し、10代目を目指されるもよし」
 付いて行くには、変わりはないもの。
 小さな笑みに、それはそうだと同じく口の端に笑みが宿った。
 ボンゴレの御曹司に、付いてきたわけではない。
 ザンザスに、あの燃える赤い目に付いていっているのだから。
「みんなそうなのよね。言葉がちょっと、足りなかったかしら」
「あんまピーチクパーチク言ったって、聞きやしねぇだろぉ。ボスさんだしよぉ」
 否定の無い、浮かべられた笑いにスクアーロはティーカップへ手を伸ばした。
 もう少ししたら、執務室へ紅茶でも持っていってやろうか。
 ひっくり返されないとも、限らないけれど。



***
 みんな大好きボス。


透明な紅茶




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