氷を抱いているようだと。
 ザンザスは、腕の中のモノを抱きしめた。
 氷を抱いているようだ。呟いてみたが、なにも変わらなかった。
 言葉は空間を響かせて、そして終わる。
 透き通る銀色。銀色の髪、薄い唇、瞼を親指で触れればやわらかくかたい感触が指先に灯った。
 よくよく触れなければわからない程度に、あちこちに傷がある。
「……、あ」
 低く掠れた声が漏れて、それで最後だった。
 氷越しに触れるのと、どちらが冷たいのだろう。
 くだらない想いが、頭を過ぎる。少なくとも自分なら、こんな冷たいものを抱えたりはしない。
 なによりの宝のように、抱えたりなど到底出来るものではない。
「……、あ、ろ」
 氷を抱いているようだと、何度思えばいいのか。
 触れているだけなのに、どこまでも沈みこんでいって窒息してしまいそうな。眩暈を覚える。
 そうして、呼吸など忘れてしまえばいいものを。出来ないのだ。
「す………、く………」
 泣ければ良かったが、とうの昔にそんなものは枯れ果てている。
 笑えれば良かったが、そうするにはこの男を愛しすぎていた。
 薄い唇を、指先でなぞる。
 呼吸を吹き込んで、温まればいい。


 そうとだけ思って、目は覚めた。


「………あ゛?」
 まず気付くのが、違和感。
 肌に触れるシーツの感触、頬を撫でる相手の髪の感触。
 ひどく冷えているのは空気だけで、低いながらも体温を感じる男がそこにいた。
 唐突に、覚醒。
 忘れられれば良かったものを、夢は残滓といわず細部を余すことなく脳に留めている。
 マーモンの幻術か疑いたいところだったくらい、リアルで悪趣味な悪夢。
 寝酒に置きっぱなしにしていたはずのグラスとボトルは、片付けられていた。
 メイドがこの部屋に入ってくるはずがないので、おそらく隣で間抜け面を晒している銀色が気付かれぬようそっと片したのだろう。
「おい、起きろドカス」
 髪へ指を突っ込んで、引っつかむ。
 指に纏わりつくようにぐちゃぐちゃになったそれへ眉を寄せれば、寝ぼけ眼の人食い鮫。
「ん゛……、なんだぁ、本部からどっか殲滅でも捻じ込まれたかぁ?」
「今何時だと思ってやがる、夜勤以外はマフィアったって寝てるに決まってるだろうが」
「じゃあなんだぁ」
 なにを思って起こしたのかと、暗殺者にあるまじき寝汚さで二度寝をしようと動く男の頭へ拳を叩き込んだ。
 唸る相手には眼もくれず、むしろ五月蝿いと一蹴されれば青灰色をしぱしぱ瞬かせて不審そうな顔。
「どうしたぁ、ボスさん。眠れなかったわけじゃねぇだろ」
 ってぇか俺ぁアンタがうとうとしてんの見ながら寝たんだぞぉ?
 不思議そうな顔で言ってくる男が腹立たしかったので、もう一度殴った。
 何度も殴れば莫迦になる、という迷信は信じない。殴った分だけ莫迦になるなら、もうとっくにこれ以上無いほど莫迦具合は進行しているはずだからだ。
「黙れ」
 髪から指を引き抜くものの、妙な癖がついて既に乱れきった後。
 いくらスーパーストレートロングを誇る男といえど、直さなければ朝には縺れて大変なことになるだろう。
 けれど気にせず、頭を押さえつけて枕へ倒れこんだ。
 年代もののベッドは、長身の男二人乱暴に倒れたくらいでは喘ぎ声ひとつ上げはしない。
「ボス……?」
 不可思議な色を浮かべる眼で見られても、困るのはこちらだ。
 あんな夢に、振り回されるなど。あってはならない失態。
「よくわかんねぇけど、眠いならもうちょっと寝れんだろ。明日も忙しいんだから、休める時ぁ休もうぜぇ。俺ぁここにいるんだぁ、襲撃されたらすぐ殺せる。アンタが起きるまでもねぇ」
「カスが……。テメェが眠いからだろうが」
 言い返すが、ロクな返事など期待していない。
 暗殺者にあるまじき寝汚さだ。永遠の王子様や身体だけならば赤ん坊のまま体力を得られないマーモンと異なり、イイ大人のくせに。
 半分以上夢の世界に飛んでいってしまっている男の鼻頭へ、軽く歯を立てた。
 ふがっ、と妙な声を上げられ、起きるかしばし見ていたが寝返りを数度打つと更に深い眠りへ落ちていく。
 この男に倣う気はないが、朝まで遠い。
 寝なおそうと、先ほど見た冷えた感覚を振り払うように隣の銀色へ腕を伸ばし力いっぱい抱きしめた。



***
 夢オチだよ!! ボスさん甘くて砂吐きそうです。orz


アンチメサイア




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