待ちくたびれて、乾涸びて。 そうして見限れば良かったのに、と、割と本心でザンザスは思う。 目の前でアホ面を晒してながら完了した任務の報告をしている銀色の、長い長い髪。 ある意味の執念だ。似たようなものを、見たことがある。 薄汚れた灰色の空の下で、分かれた産みの母親がそうだった。 妄想に取り付かれた、哀れな女。あの女と似ているとは思わないが、通じるところはあるのだろう。 「って、う゛ぉお゛い! 聞いてんのかぁ! 御曹司ィ!!」 報告してんだから聞けやちゃんとぉ!! がなり立てられれば五月蝿かったので、万年筆を投げつけた。クリーンヒット。 避けろよ、と吐き捨てたが、避けられれば面白くないことも自分ではちゃんとわかっている。 拾えと命じれば、素直に拾った。 捨て置かれてもかまわなかったのに、ちらと思ったけれど、それは嘘だとわかっている。 わかっている、本当にちゃんと。 ちゃんと。 「どうしたぁ? ボス」 なんか俺、変な報告したかぁ? 小首を傾ける鮫に、少しばかり苛つきが沸いた。 誰のせいで、こんなに脳内が乱れていると思っているのか。 「見捨てりゃ良かったんだ、とっとと」 こんな男。八年も待っている価値なんざ、ねぇだろうに。 滑る唇の止め方を、ザンザスは知らない。 いつだって、傲慢に、傍若無人に、彼の唇は他者を傷つけるナイフを吐き出し続けてきたから。 自分を傷つける言葉だと、わかっていても止められなかった。 「そうすりゃ、もちっとマシな世界で生きてけたろうに」 頭はすこぶる弱いが、それでもこの先の無いヴァリアーになんて留まらずとも良かっただろう。 14で剣帝を倒した腕前が、落ちているとは到底思えない。 百番勝負なんて馬鹿な真似をと思ったのは、それだけの剣士がこの微妙に頭の緩い鮫を相手にするとは思えなかったからだ。 けれど予想に反して現在は五十数番までいっており、次もその次も相手は決まっているという。 スペルビ・スクアーロとは、それだけの剣士なのだ。 表の世界で生きるには強すぎるだろうが、裏の世界にだって表裏が存在する。 ボンゴレのマフィオーソとして、正式に扱われるくらいはこの男なら出来たはずだ。 ヴァリアー幹部の席だって相当なものだけれど、自分が座っている以上この男に先なんて用意してやることは出来ない。 わかっている。 ヴァリアーボスの席は、九代目からのせめてもの情けだ。 十代目は継がせられないけれど、せめて。という、同情からのお恵みにすぎない。 けれどザンザスには、この椅子はもう離れられない代物だった。 引き取られて、八年の空白があるにせよ、もう表の世界で生きることは出来なかった。マフィオーソとして生きるしか、道はわからない。 今から新しい道を開拓して歩めるほど、彼は冒険者ではない。 自分の存在さえなければ、なんて、殊勝なことは思いたくない。だが事実としては、そうだ。 そもそも、出会わなければもう少しイイ目にも、会えただろうに。 「ボスがなんか血迷ってやがる」 「あぁ?!」 苦い口調で言ってやれば、返ってきたのはあっけらかんとしたものだった。 思わず、額に四つ角が浮かぶ。誰を想っての言葉だと思っているのか。 言いたかったけれど、止めた。 スクアーロが、はにかむように笑っていたからだ。 「いいんだよ。俺はアンタがいいんだ。アンタじゃなきゃ、嫌なんだ。誰があんなひよっこの下についてやるかぁ。俺のボスはアンタだ、俺の全部はアンタだ。俺の未来はアンタで、俺はアンタのものがいい」 アンタだからいいんだ、ザンザス。 唇の動きだけだったが、それは伝わった。 「アンタはボンゴレが大好きだからなぁ、こっから離れらんねぇだろ。俺らはアンタがいるところに集ってるだけだぁ。そのついでに殺しの仕事廻されようと、別に構いやしねぇよぉ。場所代くれぇ払ってやるぜぇ?」 ガキじゃあるまい、そのくらいの働きはするさ。 いっそ溌剌と笑いさえして言ったのに、ザンザスは心の底から呆れたように嘆息を落とす。 がなり立てて異議を申し立てたけれど、今度はなにも飛んでこなかった。 「なんだぁ、文句あっかぁ。御曹司ぃ」 「ハッ、莫迦じゃねぇかテメェ」 背凭れに体重を預けて、もう一度莫迦じゃねぇかと繰り返す。 八年経って、もしこの銀色がいなかったら。もし、ヴァリアーの面々が誰も待つなどしていなかったら。 その瞬間に、自分は怒りもなにも忘れ枯れ果てて死んでいただろうに。 そうしたら、誰も彼ももう少しマシに生きられただろうに。 待っていたお前たちが悪いのだと、ザンザスは赤い瞳を歪めて笑った。 笑うしかなかった。 *** ボスがヴァリアーにいる理由は、ぼんごれがだいすきだからだと思っている。← |