まるで通せんぼをするように、スクアーロは腕をピンと伸ばしてそこから動かなかった。 本来ならまだ車椅子で移動するのだって大変なはずなのに、扉に凭れ掛かるばかりで松葉杖さえ持っていない。 目の前には、部屋の護衛をするための黒服が二名。 どちらも彼を退かせようとしていたが、得物が無くてもヴァリーア次席は伊達ではないのだろう。 迂闊に動けば自分たちが殺されるのをわかっているようで、うまく退かせられないままだった。 綱吉と九代目、バジル、ディーノ、門外顧問である家光は、そこで足止めされてしまった。 他の守護者達はといえば、山本や獄寺は現在同じ病院で検査中、了平とルッスーリアは監視付きでお茶の最中であり、雲雀はさっさと自宅へ帰っていった。 昨日既に町内の風紀見回りに顔を出していたと聞いた時には、揃って何者だと呆気に取られたほどである。 クローム髑髏を含む三名は、検査の言葉に露骨に嫌悪の表情を見せ塒である黒曜ヘルシーランドにいることが確認されていた。 ひと段落ついた、指輪争奪戦。 とはいえ、全てが片付いたわけではない。勝者には勝者の片付けるべき責任があるし、敗者には敗者の負うべき義務が残されている。 これは、そのひとつとバジルに説明されて綱吉は来ていた。 「あ゛ぁ?」 廊下に増えた面々を見やり、露骨にスクアーロが剣呑さを露にする。 けれど、誰しもが一歩も退かなかったのは勝者としての傲慢ではない。 少なくとも、綱吉はそこに攻撃性を見出せなかった。 どこか違和感のある、目の前の男。 纏う空気以上に違いを感じたが、以前の姿さえまじまじと見ていたわけではない少年ではそれがなにか気づけない。 凝視していれば、押している車椅子の老人が声をあげた。 「ザンザスは……、そこの部屋だったね」 会いに来たのだという九代目に対し、銀色を横へ散らし男は拒否を示す。 引き結んだ唇から、不満を押し殺す声を家光が上げるが気にする態度はなかった。 「……スクアーロ、お前その髪……」 気づいたのは、ディーノがはじめだった。 言葉に、弾かれたように少年二人が息を呑む。 長く伸ばされていた銀髪が、明らかに一部不揃いになっていた。 鮫に食われかけた時、切れてしまったわけではないことはすぐに判じられる。 切られたのかという跳ね馬の言葉に、やはり鮫は首を横にするばかりだ。 「髪握ったまま、離してくんなくてよぉ。仕方ねぇから、アイツにやっただけだぁ」 「お前、どこから刃物なんて……」 「ンなもん、アチコチにあらぁ。家光とそっちの坊主ぅ、身体チェックはもっと手際よく正確にやらせろぉ。俺ならあの程度、ナイフ五本は持ち込めるぞぉ」 言って左手を僅かにスナップさせれば、仕込みの刃物が現れた。 黒服が慌てて彼から義手を取り上げようとすれば、長い足が綺麗に舞って二人を打ちのめす。 そうしてから、器用に包帯を取るとディーノへ義手を投げつける。 袖口が、どこからともなく吹いてくる風に揺られていた。 「別に、会わせたくねぇとか言ってんじゃねぇよ。アンタらに会わなきゃならねぇのはボスだって俺だって、よくわかってる」 バンビーノと一緒にするなと、鮫が低く笑う。 肩を震わせれば、それも結構な体力を使ったものだったのか小さく咳き込んだ。 彼とて、全快とは到底言い難いのだ。 それでも、男はここにいた。剣にして番犬の意志を全うするために。 「でもなぁ、今は遠慮してくれぇ」 「しかし! 親方様も九代目も揃っているのですぞ!!」 「その通りだ、スクアーロ。会わなきゃいけないとわかっているなら、何故阻む」 ディーノとバジル両名の言葉に、返る言葉はひどく簡潔なものだった。 「やっとさっき寝たところなんだぁ、御曹司の奴」 「………は?」 「だから、さっき寝たばっかなんだってぇんだ。人の話はちゃんと聞けぇ」 同じ説明なんて、ボスだったらやってくんねぇぞぉ。 がしがしと右手で乱雑に髪を乱すと、やはり簡単に言い切った。 「寝てるの? 昼寝?」 「ンなわけあるかぁ。ボスの奴ァ、八年も氷ン中居て一ヶ月くれーで争奪戦の段取りとってテメェらに吹っかけてんだぞぉ。身体がおっついてねーんだ」 「あ……」 綱吉のどこかズレた言葉に、ぱたぱたと手を振って即座に否定すると同時に、答えを教えてくれる。 八年間氷の中に封じられていた彼の身体は、一月程度で全回復出来る簡単なものではない。 戦闘によって受けたダメージが加わり、今は只管体力を回復させる睡眠が必要なのだろうと誰の胸にも納得出来た。 「つっても、あの性格だかんなぁ。弱ってるところ見せるの嫌がって、身体が限界超えてるっつーのに無茶してリハビリしようとしやがる。これでも大変だったんだかんなぁ、そこの部屋にいる二人避けるから寝とけ、っつったら林檎投げてくるしよぉ」 兎に角それで、やっと寝てくれるようになったのだから起こさせるな。 うんざりした調子で言えば、どうしたものか判断を仰ぐようにディーノとバジルは九代目を見やった。 彼と一番会いたいのは、義父である九代目のはずで。 求めるならば、悪いけれど、と一言合間においても会話する機会を設けたいのが本心だ。 しかし、九代目は首を横にした。 「眠っているのだね、ザンザスは」 「おう。ぐっすりな」 「それでは、邪魔するのは悪い。今日は出直すとしよう」 「悪ィなぁ。そのままくたばって二度と会いに来なくてもいいぜぇ」 軽口は、けれど本心なのだろう。 にやにやとした口調に、家光が撤回と謝罪を要求したがどこ吹く風だった。 彼の主はザンザスであり、彼の恐れるものはザンザスに関わる全てだ。 門外顧問の睨みなど、恐ろしくもなんともないという調子である。 「また来るよ」 家光と、まだ年若い三名を促し、部屋の前を護衛兼監視させていた黒服へも一度退くように目で促した。 二度と来るなとは、さしものスクアーロも言わなかった。 全員が背を向け、数歩歩いたところで扉が開く音がする。 「ボス……?」 「うるせぇ」 振り向いた時には、スクアーロが病室へ引っ張り込まれているところだった。 「如何致しますか、九代目。ザンザスは起きたようですが……」 「いや父さん、どう考えても寝ぼけた声だったじゃん。やめとこうよ、眠いんだったら寝かせておくのが一番だよ。寝起き機嫌悪そうだしさぁ、わざわざ怖い思いしなくていいじゃないか」 「ってお前なぁ、ツナ……」 綱吉の言葉に、兄貴分も父親も笑うしかない。 九代目はわかったと頷いて、エレベーターホールへ向かった。 待たずやってきたそれへ、乗り込む。 目の前で閉まる扉は、心よりも早く閉じて、開いた。 *** 鮫さんが通せんぼした理由は嘘っぱちです。本当は次回に回します。 |