片方だけ露な瞳で、ぱちくりと少女は瞬いた。 目の前には盛大に沈み込んでいる男がいる。誰だかは知っていたが、彼女は慰めるという術を知らなかった。 彼女の周囲にいた大人は親か教師のみで、前者は自身に興味がなく後者は自分の成績にしか興味が無い。 友人も少なかった彼女を、教師はあからさまに扱いかねており、そんな態度なものだから彼女も教師になにかを期待するということをもう随分前から放棄していた。 夕焼けが、じわりと家の中に入り込んでくる。 少女は、気にせずノートを広げて勉強をすることにした。 学校での成績は良かったが、それとこれとは話が別だ。 イタリア語は、馴染みが無い分難しい。 さらさらと、シャープペンシルが滑る音が響いた。 「……クローム髑髏」 「はい」 ノートを一ページ半、消費したところで、低く男から呼ばれて顔を上げた。 髭を生やした男性など、彼女の人生の中でほとんど知らない。 ボスの父親であろうと、身構えてしまうのは当然だった。人間、印象というものは大事である。 「あぁ、いや……。お嬢ちゃんから見て、俺は駄目な父親かな」 「はい?」 今度こそ、彼女は首を横へ傾けた。 なにを言っているのか、よくわからない。 疑問符もあらわにすれば、あぁいやだから、と、なんとも歯切れの悪い言葉ばかりだ。 そこへ、心底楽しげな笑みが脳の裏側から響いてくる。 あるじだと、すぐにわかった。 「駄目、なお父さんって、いるんですか?」 とりあえず問いかけてみれば、どうだろう。と男は首をかしげた。 双方そこからわからないのでは、無意味なのではあるまいか。 少女の純粋な心中に、鷹揚に頷く気配がする。 実体化も、幻影も伴わない分、骸の存在は希薄ではあるものの長居を決め込む気配が感じ取れた。 「あんまり家にいてやってないし、帰ってきたらボンゴレ門外顧問だし」 「私の……」 「ん?」 「私のお母さんは、女優さんで。お義父さんは、大きな会社のひとで、いつも忙しかったから」 父親とか、母親とか。そういう感触は、あんまり。 首を横にすれば、そうかと苦笑された。それでも、と言い募れば、なにかを期待した瞳。 「犬も千種も、骸様も。かぞくだといいなぁ、って。思います」 思っていていいですか。骸様。 心の中で呟けば、そっと頭を撫でられる感触。勿論幻影すら現実に露になっていないのだから気のせいなのだろうが、クロームには彼が頭を撫でてくれたように感じた。 「ただ……」 「なんだい?」 「お父さん帰ってきて、いきなり実はマフィアだったとか言われたら、きもちわるい………」 少女の言葉は、ゆっくりではあるが含ませるような言葉な分、重かった。 きもちわるい。たかが平仮名六文字の、その破壊力といったら無いだろう。 だが現実的に考えてみよう。 ほとんど家にいないどころか、存在無視していたって大して問題の無い父親が、急に帰ってきたと思ったら実はマフィアの門外顧問なんてものをやっています。と、この平和で黒社会と一般市民はそれなりに隔絶された日本で中学二年生の少年が言われたら。 そりゃあ気持ち悪いだろう。なんだ、機関とか言い出すつもりか。どこの厨二病だよ、俺が中学二年生なんだけど。と思われても仕方あるまい。 不信感も露になるというものだ。そもそも、信頼度がゼロをはるかに通り越してマイナスに叩き落されているような父親なのだから。 「……容赦ないなぁ、クロームちゃんは」 「そういう父さんは気持ち悪いよ。なに俺の友達にちゃん付けしてんだ、セクハラ親父」 リビングの入り口に、子供たちを鈴なりにぶら下げた綱吉が立っている。 クロームは立ち上がって、お帰りなさい、と微笑んだ。少年も、そんな彼女に向かって留守居をさせてしまったことを短く詫びている。 「ツナぁー、お前、父さんにはお帰りないのかー」 「普段いないロクデナシが、なに言ってんだよ。まだ日本にいていいの」 いなくたって、全然問題無いんだけど。 言いながら、冷蔵庫に買ってきた品物を詰めていく。 一瞥さえ与えてくれないその態度は、ハイパーモードよりも冷静だった。 父子の態度としてはあまりに大きな壁を見せる二人に、少しおろおろとしてしまったクロームではあったが、骸の楽しそうな気配と、気にすることはないと言ってくれた言葉を優先する。 ボンゴレ霧の守護者依代は、門外顧問の遥か上位にヴィンディチェに囚われている人を置いているため男に対しフォローはどこからもされなかった。 *** 私は霧の守護者両名をどうしたいのか。← |