バタン! ばたばたどたたたたたたたドタン!! 「ボス!!」 勢い込んで入ってきた相手に、問答無用でクリスタルの灰皿を投げつけた。 しっかり手にして、準備万端だったのだ。 後はこの男が入ってくるだけで。 「うるせェ」 眉間に縦皺を刻んで、第二投目を準備。適当に引っつかんだのは、精緻な飾りが施された葉巻入れだった。 顔面で灰皿を受けたはずの男は、脳震盪を起こすこともなく痛い痛いと赤くなった患部を押さえている。 普通、それだけで済まないものなのだが。 つくづく男は、彼の頑丈さに関心した。この頑丈さがなければ、とうの昔にザンザスの前どころかこの世から消えていることはあえて考えない。 「イタリアかえる!!」 「あァ?」 「だから、イタリアへ帰ろうぜぇボス!!」 「イタリア語喋れ、カス」 葉巻入れをブン投げれば、やはりクリーンヒットした。別に避けられないわけではないのだが、避けるとザンザスの機嫌が悪くなるのだ。 長い付き合いで、それはよくよく身に沁みて理解していた。 「まだ用事が終わってねぇ、帰るなら一人で帰れ」 「俺はアンタの剣だぁ! アンタ残して一人でイタリア帰れっかぁ!!」 「じゃあ諦めろ」 「ボスぅう゛ううううううう!!」 珍しいと、内心でザンザスは思う。 ヴァリアーでいる以上、修羅場も屠殺場もオトモダチだ。現実に、それ以上の地獄などそうは無い。 だというのに、今のスクアーロは本気でイタリアへ帰りたがっていた。 イタリアへ、というより、ジャッポーネから離れたがっていると見るべきか。 「俺を納得させたいなら、何があったのか言え」 疲れた様子を露にしながら、それでも問いかけてやれば目に見えて銀色の顔が喜びに輝く。 ぐすぐすと鼻を鳴らして、差し出したのは一枚の名刺だった。 雑誌の名前が大きくついている。 「これが?」 「いや、シンジュクで買い物してぇっていうから、ルッソに付き合ってたんだぁ」 それ自体は良かったのである。 イタリアはブランド天国だが、日本もある意味負けてはいない。 完全オフでもないが、それでも余り時間を同僚と過ごすくらいの余裕はあった。 唐突に、カシャリという音さえ聞こえなければ心穏やかに終わるはずだったのだ。 「う゛ぉお゛い!! テメェ! 今なにしやがったぁ!!」 それが例え数メートル先でも、自分に向けられた明確な音ならば判別することくらい男には造作も無い。 出来なければヴァリアー失格だ。 案の定、きゃあ! と高い声を上げた女はスクアーロに怒鳴り散らされて目を丸くしていた。 手首を捻り上げ、女の手から携帯を取り上げる。 日本製の高性能な携帯電話は例え真っ二つにしようが、外部メモリに移されていれば問題はないし必要箇所さえ無事ならばデータの復元も素人でさえ問題なく出来る。 その辺りを職業上しっかり把握していた男は、手馴れた動作でフォトフォルダを呼び出すと全部消した。 マイクロSDにも移されていないか確認し、最後に勝手にメールフォルダを開いて先ほどの映像が送られていないかも確認する。 案の定、送信フォルダに未送信が一件。 フォトフォルダは消してしまったからファイルが無い状態になってはいたが、自分の存在を示す銀髪、や長身の言葉に眉をひそめるとそれも削除した。 念入りに携帯を片手で真っ二つにすると、女へ向かってぽい。と投げつける。 目の前で行われた暴挙に信じられない彼女は、言葉が無い様子だった。 もっとも、理解出来ないのはスクアーロのほうである。彼は職業上、印象をさせない術を心得ている。 銀色の長髪が目立つことを理解はしていたが、完璧だったはずだ。 「あああああ、あたしの携帯……!」 「盗撮女が、泣くんじゃねぇよ」 「に、日本語……? 日本人? ちょ、なんてことを!!」 「アタシ達はイタリャーノよぉ、お嬢ちゃん」 ルッスーリアが、ひょいと顔を覗かせる。 止めなかったところを鑑みるに、彼女もスクアーロの行動を支持する意志があるのだろう。 派手な二人に、係わり合いになりたくないとばかりに通り過ぎる通行人に、ヘタレねぇ、と手厳しい一言が落ちた。 「悪いけど、この子安くないのよぉ。盗み撮りは勘弁して頂戴?」 言葉に、スクアーロは無言で頷いた。 マフィアの中でもより暗部を担うヴァリアーの次席だ、安いはずがない。 そういう意味で言ったわけではなかったが、ルッスーリアも余計な口は挟まなかった。 「勝手に撮ったのはすいません! あの、うち、今雑誌モデルを探していて……!」 「モデルぅ?」 「はい! あたし、今月からこっちの部署まわされて、あ、これ名刺です。お名前伺って大丈夫ですか、日本へは観光ですか。暮らしていらっしゃるんですか、就労ビザですか。うちの雑誌の専属モデルって駄目ですか、絶対売れると思うんですそこらへんの雑誌やブランドなんて目じゃないくらいですもん! お願いします!!」 正しく立て板に水。 ぐいぐいと身を寄せてくる女に、傲慢を二つ名に持つ男は目を回した。 新手の刺客かとさえ思う。 「う゛ぅううううるせぇええええええ!! 俺ァ剣士だ! 誰がモデルなんざやるかぁあ!!」 「そう仰らず! お願いします、あたし今月全然ピタって人見つけられなくてすっごい怒られてて! 絶対すぐに売れますよ!」 敵意や害意、殺意ならば楽に捌ける(なにしろ、三枚におろしてしまえばそれでいい)が、まさか一般市民に剣を振り回すわけにもいかない。 言葉下手なスクアーロに取れる選択肢など、高が知れている。男は、非常に情けないが敵前逃亡を図った。 ダッシュで走り出す、彼の目には涙が浮かんでいる。 未知との遭遇は、それだけ彼に恐怖を与えたのだ。 大慌てで車まで戻り、ルッスーリアを置いて後ろから運転手の背もたれを蹴り飛ばし、ホテルまで急がせる。 急いで帰ってきた割に同僚のほうが早かったのは、単純に渋滞に捕まったか地下鉄かの違いだろう。 トウキョウで一番確実な移動方法は電車で、その次が徒歩だ。 説明を終えれば、ザンザスは少々呆気に取られた後バッサリ「情けない」と言い切った。 ビクリと肩を震わせて恐る恐る見やるも、ボスが怒っていないことを見れば胸を撫で下ろす。 「で?」 「帰って、ベルやマーモンにそのことをルッソが言いまくっててよぉ。面白がってんだぁ、アイツら。マーモンなんか、契約料の15%でマネージメントを引き受けてもいいとか言い出すしよぉ」 なに考えてんだ、アイツら。 不機嫌に唇を尖らせるが、ザンザスは彼らが面白がっているにしても半ば本気なのは手に取るようにわかった。 芸能界は陰惨だ、などというが、暗殺屋に耐えられない陰惨さなどそうは無いだろう。 体力仕事なのも知っている。男には、モデルや駆け出しの女優の愛人がそれこそダース単位でいる。 その世界に理解を示すのは、当然だった。 自分の知識からみても、決してスクアーロの容姿は芸能界に向いていないわけではない。 この銀色は、見目だけなら本当に一流だった。 無駄の無い四肢も手入れを怠らない長い髪も、立ち姿はただそれだけで画になるほどだ。 口さえ開かなければ、という但し書きが何度も必要であるが。 「あんなのばっかの国なんかより、イタリアにとっとと帰りてぇええ」 珍しく弱気な発言に、ぶはっ! とザンザスは噴出した。 笑い事じゃねぇ! と喚きたてるが、知ったことではない。 「おいカス」 「イタリアかえるのか!」 「ンなわけねぇだろ、用件あがってねぇうちに帰るかドカスが」 「じゃあなんだぁ」 「明日、ベルとマーモン連れてシンジュクだ。上から下まで着飾って、どんだけ釣れるかやってみろや」 赤い瞳が、それはそれは楽しそうに歪む。 鬼ーーー! と叫ばれたそれは、傍らにあったロックグラスを投げつけられて沈黙した。 *** 多分、九代目の名代で華僑系のところと取引があって殲滅作戦だったんです。(ヴァリアーがいた理由・今つけた |