スクアーロ。
 それは通り名であり、本名である。
 少年は確かに名前を持っていたが、そんなものを覚えているなら一人でも殺したほうが腹が膨れた。
 気がついたら名前を失っていた少年は、通り名としていつの間にかついたそれを自身のものとすることにした。
 本名には、未練もなかった。
 実際、本来の名前が想起させて良いことなど残っていない。
 薄汚れたスラムはいつだって嬌声と罵声が響きあう、なんてことはなかったが、治安は悪い。
 子供を食い物にする大人はどこの世界も同じことで、実際スクアーロは食われた側だった。
 否、食われかけたというべきか。
 いくら彼が幼い頃からそれなりの強さを誇っていたとはいえ、本職の人攫いに勝てるはずもない。
 浚われ、少年趣味の下種に売り払われた彼は、その日のうちに飼い主を名乗った男を殺した。
 寝室でお楽しみ中だと気を抜いていた守衛を皆殺しにして、通報されては厄介だと使用人も殺す。
 不意を打てた。なによりそのことが、彼に幸いしたのかもしれない。また、屋敷には主人の趣味を知ってか使用人も守衛も少なかった。
 いくつかの要因が味方して、少年は自らの身を守ることに成功した。
 一頻り気配がなくなった後で、スクアーロは台所を探しだした。
 案の定、食料がたんまりあったので彼は喜び勇んで食らいつく。
 スラムでは、子供だろうとなにかしら出来なければ生きていけない。
 当然のように、簡単ではあるけれどスクアーロもまた食事を用意する事くらいはそれこそ朝飯前なのである。
 金目のものをチョイスして、一所に集め屋敷から少々離れたところへ隠しておくことも忘れなかった。
 死体は全部同じ部屋へ放り込む。
 それが、自分が犯されかけた部屋だとは意識もしなかった。
 三日ばかりそうやって暮らしていた彼に、変化は向こうからやってきた。
 そもそも、浚われた時点で自分がどこにいるのかスクアーロは知らなかった。
 プロが帰り道のわかるような近場で商売するはずもなく、狭い街の中しか知らなかった彼にとって此処は異国と変わらなかったのである。
 帰る気はないが、どこへ行ったら良いのかわからない。
 頭を捻らせていた彼の前に現れたのは、黒服の集団だった。
 手に手に銃を持ち、物々しい雰囲気である。
 けれどスクアーロは気にすることなく、少し痛んだハムの塊を口に運んだ。
「ここにいた男はどうした」
 上から下まで調べて死体を発見しただろうに、男の一人がスクアーロに問いかけた。
「殺した」
 少年の言葉は、簡潔だ。それ以外表現しようが無いのだから、当然かもしれないが。
「お前、どこのファミリーだ」
「う゛ぉお゛い!! 俺がコーサ・ノストラやカモッラに見えるかぁ?! 場末の雇われ殺し屋のほうが、まだ有り得るってもんだぁ」
 品位のない口調。
 細いというよりも、枯れ木のような肢体。
 所作も荒々しく、ギラついた瞳は獰猛な鮫に似ている。
 こんな殺し屋がいてたまるかと思うし、こんな殺し屋がいるならば必ず傍に手綱を引く人間がいるだろう。
 けれど、そんな人間は見当たらない。
 黒服の男が、チッと鋭く舌を打った。
「なんだぁ、殺しちゃまずかったかぁ」
「……質問に答えろ」
 疑問符の無い問いかけに、スクアーロはあっさり首を縦にした。
 椅子から浮いた足が、ゆらゆらと揺れる。
「この屋敷にいたのは何人だ」
「じゅーろく人」
「この屋敷の主を、どこで殺した」
「ベッドの上だぁ。見てねぇのかぁ?」
「理由は」
「売られて犯されかけたんだがなぁ。黙って足開いてやる道理はねぇぞぉ」
 短い質問に、答えは淡々と、けれど明瞭であり、それはそのまま彼が殺したことを示すに十分な証拠だった。
 何人かに声をかけ、いくらもしないうちにガッチリとスクアーロは男の一人に手を掴まれる。
「今度はなんだぁ」
「標的を殺したのはお前だからな。うちのボスに逢わせなければならん」
「あ゛ぁあ? なんで俺がそんなことしなきゃなんねぇ! がっくそっ離せぇえ゛ぇえ!!」
 当然、離されるわけもなく、彼はそのまま黒服の男たちに連行されていった。
 イタリア全土を統治するマフィア、ボンゴレファミリーの傘下の分家の幹部が治める、場所にまで。
 そうして引き合わされたマフィオーソに腕を認められ、彼はマフィア関係の子供たちが集まる学院へ通うことになる。
 得物は幼い身体に合わせたナイフから剣へ代わり、強さを求める欲求は只管に募っていく。
 いくら潤しても乾く喉を、鎮めるようにスクアーロは強者を求めて直走った。


***
 仔鮫過去捏造。学院入るようなマフィオーソの子供にしちゃあ、言葉遣い悪すぎるので。じゃあ、と。


ストロベリー




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