スクアーロが、どれだけ与えようとしても出来ないもののひとつ。 家庭は、ザンザスが結婚して四年であっけなく終わった。 ボンゴレではないものの、他マフィアのマフィオーソと浮気をした妻は生まれたての子供を置いて出ていった。 三ヵ月後、彼女はかけおち相手と海で見つかったが、ザンザスはなにも言わなかった。 裏切りだとすら、叫ばなかった。 レヴィは不満を露骨に露にし、ベルフェゴールはいつものように笑う。 「だぁってボス、あの女好きじゃなかったもん」 あの女もボスのこと好きじゃなかったし、いいんじゃない? ナイフを宙へやっては遊んでいた王子様の言葉に、ルッスーリアも同意を示すように頷いた。 彼女は、はじめからあまり良い顔をしていなかった一人だ。 愛のない結婚は、美しくないため嫌だという。 「いいんじゃない。金がかかる女と、金をかけるに値する女は別だろうしね」 「なんでも金に直結させるよなー、マーモンって」 「大事なものを一番めに置いているだけさ」 ナイフから、ふにふにと柔らかい頬に戯れる先をしたベルフェゴールの腕の中で、もごもごと暴れる小さな体。 結局諦めたように居住まいを直して、それで? と赤ん坊はスクアーロに問いかけた。 「どうするんだい、その子供は」 「どうするもこうするもねぇだろうがぁ。ボスのガキだぞぉ」 育てるに決まってんだろぉ。 腕の中で子供を抱くには、聊か大きすぎる声。マーモンと違い本物の赤ん坊は、突然の大声に火がつくように泣き出した。 慌ててあやすように腕を揺すれば、少しの後にきゃっきゃと笑い出すのだから現金なものだ。 「ちょっとスクアーロ。小さい子の前でアンタの声はデカすぎよぉ」 自重なさい。め。とばかりに怒られれば、さしもの人食い鮫も反省をみせるしかないようだ。 レヴィが抱きたがっているのでそっと渡せば、またぐずりだす。 マーモンとベルフェゴール、レヴィの三人がかりという、なんとも贅沢なあやされ方をする赤ん坊へスクアーロは息をついた。 もしあの三人に仕事を頼むとなったら、いくつのジュラルミンケースが必要だと思っているのだろう。 「大物になるぜぇ、あのガキはよぉお゛お」 「馬鹿なこと言ってないで、ヴァリアーで育てるの? 本部じゃなく?」 「う゛ぉお゛い! アレはボスのガキだぁ!! 本部になんざやるかぁ!!」 「だからもうちょっと声落としなさいってのっ!」 間髪入れずに後頭部を引っ叩かれ、強かにローテーブルへ打ち付ける。 鈍い音が上がったが、幸い赤ん坊は気にしないようだった。 もしかしたら、必要以上の大きな音はマーモンがコントロールしているのかもしれない。 「でもねぇ、今だってボスは今回の一件で本部に行っちゃってるし、あたしやレヴィがいる時ならいいけど、マモちゃんやベルちゃんだけの時に保育なんて出来ないわよぉ?」 言われれば、言葉を詰めるしかないのが実情だろう。 ボスの子供ということで無条件に猫かわいがりをするレヴィや、母性本能が有り余っているルッスーリアと違い、マーモンは一定以上のところは完全に金銭で物事を判断するしそもそもベルフェゴールに乳幼児の面倒が見られるとは思えない。 夜鳴きをしたら、そのまま五月蝿いとナイフが舞う可能性も否定出来ないのだ。 下っ端に任せることも、微妙だった。 優秀な戦闘員達は、こんな生業上常に忙しくしているしバックアップの人間も暇である時のほうが少ない。 また、いくらか泳がせているとはいえヴァリアー内にも他組織の内偵は呆れるほど潜んでいた。 そんな連中の手に、ボスの子供を渡すな、人質にして下さいか、殺してくださいだけの選択肢を自分から選ぶようなものである。 「スクちゃん、任務は?」 「ボスさんが持ってこなけりゃねぇがぁ、俺も一応次席だかんなぁ」 なんだかんだ言いつつ、ヴァリアー次席の名は伊達ではない。 ザンザスの次に、書類仕事をこなしていたりもするのだ。 「ねーせんぱーい」 「あ゛ぁ?!」 「なんかガキ、起きそうなんだけど」 ふやふやと、起きそうな泣きそうな顔を浮かべている赤ん坊の頬を指先で突っつきながら言う。 自身へ向けられた様子を見るなり、機敏に立ち上がると慌ててキッチンへ走っていこうとした。 「え、せんぱーい?」 「ぬ゛ぁああ! おいベル! そいつまだ抱いとけぇ!! ミルクの用意してねぇんだぁ!」 「ミルクなの、この子」 「腹減らした顔してんじゃねぇかぁあああ!」 「母乳だしてあげたらどう? スクちゃん」 「出るかぁ! 俺は男だぁあああ!!」 「スクアーロ、そんなに大きな声じゃあ子供が」 マーモンの声は途中までで、それはもう盛大に子供の泣き声が響き渡る。 あまりの大きさに、耐える気はないとベルフェゴールは赤ん坊を放り出して耳を塞ぐ。 「ちょっ! ベル!!」 ぽん、と高く放られた子供に、マーモンが声をあげた。 レヴィが腕を伸ばしかけて、けれどその前に子供の危険を察したらしいスクアーロが慌てて腕に抱きとめていた。 「ベル!!」 「だってうるせーんだもん、それ」 「ガキなんだから当たり前だろうがぁあああ!!」 謝らない王子様に、スクアーロは歯噛みをする。 怒られたほうは気にすることなく、うるさいガキがわるーい。などと嘯いていた。 「マーモンみてーにおとなしく出来ないんだもんなー、ガキって」 「僕をあんな赤ん坊と一緒にするなんて、慰謝料を請求するよ。ベル」 「しししっ。そういうほうが一緒にいんの楽ー」 「無茶苦茶言ってねぇで、ミルクの用意しろ゛ぉお!」 「はーい。行こ、マーモン」 王子にはやっぱりこっちが似合う〜。軽く笑いながら、赤ん坊を腕の中に抱き上げてキッチンへ消える二人を視線の端で確認しながら、スクアーロは肩を落とす。 むずがる様子のままの子供をあやしつつ、力なくルッスーリアを呼んだ。 「どうしたの? マンマ」 「誰がマンマだぁ。そうじゃなくてよぉ……」 骨格は兎も角、髪の長さも相まって子供をあやす姿は母親のようにも見える。 思いはしたものの、今はからかう時ではないと判断して、彼に先を促させた。 「うちの女隊士からも請求来てた、育休って俺にも適用されんのかぁ?」 「……ボスにかけあって御覧なさい」 「インク投げられんのがオチだぁ」 腕の中の子供は、無邪気に笑っている。 とりあえず、ボスが帰ってきたらと思いつつも、あの不機嫌な表情を見れば子供がどう反応するかなど火を見るより明らかで。 育児休暇申請の前に、ボスのご機嫌取りをしなければならないのかと、憂鬱を更に上乗せするスクアーロだった。 *** でもボスの子供なので、育てる気満々の鮫。 |