凪、凪。 言葉に、けれど反応を彼女が返すことはしなかった。 綱吉の困った心配顔と、平然としたリボーンの表情が交差する。 彼女は守護者だが、守護者ではない。 正式な守護者は六道骸であり、彼女はそのための依代でしかない。というのが、冷静で冷徹なヒットマンの意見だ。 言外に、どうしても扱いづらければそれこそ恐山からでも誰か連れてくれば事足りる。という一言。 情に流される彼らのボスはふざけるなと首を横にしたけれど、実質この少女の内臓は足らず、力が衰えればどうしたって伏せがちになってしまうというハンデを抱えていた。 態々、弱点を抱え込んでおく必要はない。戦力は多いに越したことはないが、弱点は少ないに越したことはないのだから。 吐き捨てるように言うリボーンに、綱吉は語を詰まらせた。 みんな守る。ぜんぶ守る。 そう言えるだけの実力は彼にはなく、良いところ言下に否定しない程度だ。(もっとも、二年前まで普通の小学生だった子供が本物の暗殺集団や殺し屋連中と張り合わなければならない。という現状が横暴すぎるのだが、もうここしばらくのいざこざでその感覚は綱吉の中で麻痺して気づかれない) 心配げな声は、彼女を呼ぶだけだったが。 不意に、睫を震わせて彼女は目を開いた。 ほっとする表情を認め、微笑むでもなくもう一度瞬きをする。 「………凪は、もういないの」 「え………?」 もしや骸か、と綱吉は身構えたが、そうではないことはすぐわかる。 もしも<奴>であるのなら、纏う空気や気配、なによりも自身に備わった超直感で察知出来るのだから当然だ。 では矢張り、彼女はクローム髑髏を名乗る凪という少女でしかないのだが、それは今しがた否定された。 語を促すように、彼は口を閉ざす。 彼女は、うつろに天井を見上げたまま、乾いた唇をふるわせた。 「凪は、いないの。車に轢かれて、死んじゃったから。お母さんもお父さんも、凪をいらなかったから。凪は、もう、いないの………ボス」 ゆっくりとゆっくりと、時間をかけながら彼女が息を呑む少年へ向き直る。 「骸様が、必要だって言ってくれたの……。クローム、って、呼んでくれたの。だから、私、クロームなのよ……。クローム髑髏が、私の名前」 凪という少女は、だからもうこの世のどこを探してもいない。 あの人が呼んでくれる名前がすべて。 あの人が呼んでくれる名前がぜんぶ。 「ボス。私、あなたの役に立てていないけど。でも、骸様のお役に、立ちたいの」 骸様と、イタリア語でお話しするのが、夢なの。 反射的に綱吉がうなずいたのは、彼女があまりにも健気だからか。 薄く少女は笑うと、そのまま意識を手放しかくりと瞳を閉ざした。 限界だったらしい。 「なぁ、リボーン」 「なんだ」 「クロームも、やっぱり俺の仲間だよ。だから、さっきみたいなこというの。もうやめよう」 「甘いぞ。ファミリーのボスたるもの、いつかは冷徹に部下を切り捨てなきゃなんなくなるんだ」 「でもそれは、今じゃない」 大体、俺がマフィアのボスにならない未来を否定してくれるなと。 綱吉が気弱に笑う。 一人の少女も満足に、満面の笑みを浮かべさせることが出来ない男なんてボスにふさわしくないよ。 そう言う少年の横顔が、今現在いるマフィアのどんな人物よりもボスらしいことを。 赤ん坊ヒットマンは、黙っていてやった。 *** 20071205 mixiより再録 |