息をして、息を吐こう。 八年分を取り戻すように。 そうしてから、世界を見るのだ。 今更、どうやったって堅気の世界なんて無理だから。闇色で夜色の世界でいい。 そんな世界でだって、息は出来る。 息をして、息を吐こう。 そうしてから、はじめればいい。 「妻はいらない」 はっきりとした言葉に、九代目はどこか切なそうな顔で見つめた。 けれど、赤い瞳には決意があった。 マフィアにとって、愛人はステータスだが妻はそれ以上の存在である。 同伴するのが愛人では、そろそろ眉を潜められる年齢になってきたザンザスだ。 堂々と愛人を連れ立って社交場に出るのは、もう少し歳を経てからでもいい。 今は、家庭を持つべきだと九代目は義息子に対し嗜めるように言った。 だが、立派な上背を持った男は首を縦にはしない。 「結婚をして、家庭を持ち、子供を得れば、見えるものもある」 「必要ない」 「そうして切り捨ててしまえるほど、悪いものでは無いと思うが?」 「……そうやって誤魔化して、ガキが無駄な夢を見たらどうする」 ザンザスは未だ表向き、九代目の実子として認識されている。 八年の間にその噂を払拭させるには、彼はザンザスを迎えてからあちこちに実子だと言い廻りすぎていたし、たかが十五、十六の子供が従えるには強すぎる力のせいかザンザスの印象は強烈過ぎた。 ゆりかご、争奪戦。この二件を公にはなかったことにしている以上、ザンザスは今でも九代目の実子なのだ。 ということは、彼は無理でもその子供はボンゴレ十一代目の後継者候補になってしまいかねない。 事実をいうならば九代目の子供ではないザンザスの、さらに息子には死ぬ気の炎が宿っていないため継ぐことは無理だ。 しかし、それを説明するには全てを説明しなければならなくなる。 炎の才が無いことを理由には、到底出来ない。 幼い頃、彼は何度となく人目につく方法でその手の輝きをあらわにしている。 妻となる女がいくら口を閉ざそうと、人の口に戸は立てられない。 口に出せばそれだけ、噂として上ることも多くなるだろう。いつ彼の犯した罪が露見するともしれない。 否、罪が露見すること自体に問題はないのだ。 問題は、それによってボンゴレという存在が揺らぐこと。 ザンザスは、そうとははっきり口にしなくとも、ボンゴレという存在を誇りに思っていた。 愛していると言い換えても良い。 故に、彼は安易な道を選ぶことは出来なかった。 それに、と彼は思う。 「隣は埋まってる」 「……もう片方は?」 「両隣から、ぎゃあぎゃあ叫ばれなきゃあならねぇのか。俺は」 うんざりしたような顔で、眉間に皺が寄る。 老齢の養父よりもなお深い皺は、それだけ彼がこの件に対して乗り気ではないことを示していた。 「いつか、子供が欲しいと思う時がくるかもしれないよ」 「ウチにはもう、デカイのとちびが一人ずついるだろうが」 やつ等にノンノと呼ばれたいのか、老い耄れ。 口の端へ灯る笑みは、あまり品の良いものとはいえない。 だが、野性味を帯びた男の表情は生命にあふれているともいえた。 「もういいだろう」 八年間、アンタは俺を好きにする権利を持っていたんだ。 いい加減ガキじゃねぇ、好きにさせろ。 それが、隣で永遠を誓う相手についてなら尚のこと。 「そういうのは、綱吉に宛がってやれ。あの弱虫に根性入れるくらいなら、テメェでも出来るだろう」 話は終わりとばかりに扉へ向かえば、足音が聞こえたわけでも無かろうに、扉が自然と開いた。 「う゛お゛おい! ボスさんよ、話は終わりかぁ?」 「だからうるせぇよテメェは」 問答無用の一撃に、更に声が大きくなる。 しかし構うことは無く、彼はさっさと歩いていった。 その後を、スクアーロが追う。辞する部屋の主へは、一瞥もなかった。 執務室の机で、九代目はそっと息をつく。 さて、あのヴァリアーの子供たちが素直にノンノと呼んでくれるのか。 神の采配と謳われた超直感を持つ九代目でも、流石にわからなかった。 *** 少なくともマーモンは金払えば呼んでくれそう。← |