それは、了平を尋ねに(そして、ついでのように機密書類を届けに)来たルッスーリアと、時間が時間だったのでお茶をしている最中だった。
 たまたま、自分の側に守護者達は居らず、いつものようにリボーンが傍らに座っている。
 春の陽気に目を伏せれば、気持ちいいわねぇ、とルッスーリアが零した。
「すいませんでした。お兄さんには、ちょっと今ドイツまで飛んでもらっていたもので」
「仕方ないわ」
 会いたかったのは本当だけれど。
 苦笑交じりの相手に、もう一度すいませんでした、と謝る。
「んもう。ドンがそんな弱腰でどうするの? ちょっとリボーンちゃん、そっちの教育もあなたの役目でしょっ」
 跳ね馬ちゃんのように、ドンらしい教育しないでどうするの。
 せっつくような言葉を受けて、黒服のヒットマンがにやりと笑った。
 あまりの不吉さに、綱吉が声無き悲鳴を上げる。
「……ねぇ、ドン・ボンゴレ」
「はい?!」
 今度はなんだとばかりに、綱吉の背が震えた。
 けれどそれに構うことはなく、ルッスーリアは少しだけ躊躇ってからティーカップの縁を指でなぞり、顔を上げる。
 顔には、ほんの少し苦い笑みが刷かれていた。
「あなたにお尋ねしたいことが、あるのよ」
「俺に、ですか?」
「えぇ。……ねぇ、ドン? あなた、諦めない地獄って、ご存知?」
「諦めない……地獄?」
 繰り返すように問いかければ、そう、と首を縦にされた。
「えっと……、すいません。仰っている意味が、よく」
「そうよね。ごめんな」
「ダメツナが。もうちょっと、頭を使うってことをしねーのか」
「って、リボーン! なんだよ!!」
 喚きたてる教え子を無視して、リボーンはじっとヴァリアー屈指の挌闘家を見やった。
 小さな瞳に、彼女は微笑みかける。
 無言の促しに、ゆっくりと口を開いた。
「……スクアーロはね、八年ボスを待っていたわ。一途よねぇ、八年よ? ジャッポーネじゃあ、十二歳で小学校を卒業よね? ハタチが成人って聞いたけれど」
「あ、はい。あってます」
「それって、随分長い間だと思うんだけど。どうかしら?」
「そう、ですね……。はい、長い、です」
「その間、ずぅーっとスクアーロはボスを待ってたわ。十六の誕生日の時なんて、大変だったのよォ? ボスの歳と並んじまう! って、もう大騒ぎ」
 あの時は本気で蹴り倒しちゃったのよねぇ。
 しみじみ言うが、彼女の本気を目で見ている分ぞっとした。
 人一人止めるのに、それだけのことが必要だったというのか。
「あたしは、五年待って駄目だった時に半分以上諦めの気持ちが勝ってたの。勿論、帰って来てくれた時は大喜びだったわよ? でも、ねぇ。レヴィも同じだったみたい。口でなんやかや言ってても、最初の頃と重さが違ったわ」
 五年待てただけでも、自分たちは立派だったと思う。
 スクアーロだけが、本心からただ一人の主を待っていた。
「でもそれって、幸せだったのかしら。きっと、スクアーロが聞いたら当たり前な顔して幸せもなにもない、って言うんでしょうね。あの子には、ボスの傍にいられることが当たり前で、そうでなかった八年間が異常だっただけだもの」
 けれど、幸せだったのだろうか。
 八年間。ヴァリアーという、彼の、彼らの、ボスを迎えるための場所を、死ぬ気で守りきった功績が誰よりも大きいのはスクアーロだ。
 誓ってもいない忠誠の証にと、汚れ仕事を自ら率先して引き受けこなす。
「どこかで諦める転機があれば良かったと、思っていたわ」
 言うルッスーリアの視線は、寂しそうだった。
 帰ってきたから、まだいい。
 帰ってこなかったら? 八年ではなく、十年、二十年、三十年だったら?
 たられば話に、意味は無い。けれども。
「ねぇ、ドン・ボンゴレ。教えて頂戴」
 サングラスでは隠し切れない切なげな表情を浮かべたまま、彼女は指を組んだ。
「誇り高く顔を上げ、恥じるものなど何も無いと胸を張り、恐れる必要は無いと前へ進む。その先にあるものがなんだかわかっていても、前へ進むしかない。訓練や修行、そんな自分の努力でどうこう出来るものでもないことを先へ据え置いて、信じ続けるという絶望」
 終わりがいつかもわからないで、進むしかない。
 虚勢を張り続けなければならない。
 自分でも、虚勢なんかでは無いと思い込まなければならないほどに。
「諦められない地獄を、あなたはご存知?」



***
 実際スクはよく待てたと思う。


娼婦




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