ぴんぽーんと明るく鳴ったチャイムに、奈々がツッくーんと軽やかな声をかける。 リビングでランボやフゥ太達と一緒にゲームをしていた綱吉が、面倒そうにしながらも腰を上げた。 夕飯の手伝いをしているビアンキは、獄寺がいないためいつものゴーグルをしていない。イーピンと一緒に料理をする姿は、楽しそうだった。 「はーい。新聞ならもう取って……」 言葉はそこで消えた。 思わずのように、ガチャリと止めようとしたが、そうした後の展開が綺麗に瞼に映し出され、却下した。 サイレンサーをつけた銃で、ドアノブを破壊されたらたまらない。 「ななな、何の用だよ一体!!」 父さんなら今いないぞ?! 九代目のところだぞ?! 必死で声をあげる少年に対し、対峙する男は冷静そのものだった。 「知ってる」 「じゃあなんで」 言い募ったところで、ぱたぱたと足音が聞こえる。 戻ってこないツナを不思議に思ったフゥ太とランボだった。ランボは雷の守護者といえど、本当の意味ではまだ当分先の話だ。 案の定、ぐぴゃああああああああああ! と悲鳴を上げる。 流石に声を聞きつけたビアンキと奈々が、何事かと玄関口へやってきた。 焦ってせめて奈々だけでも奥へ行かせようとした綱吉の前に、現れたのは見事な花束だった。 「………はい?」 情けない声が、少年の口から滑り落ちるのも仕方の無い話だろう。 けれどザンザスは気にすることなく、サングラスを外した。 顔に深い傷のある、派手なエクステをつけたどう見ても堅気ではない美丈夫である。 普通の主婦ならば圧倒されるだけだろうが、彼女はこの家の子供達を包む尊いマンマであった。 にっこりといつもの優しい笑顔で、うれしそうに花束を貰う。 女性の両腕でも余るのでは無いかと思わせるそれは、カスミソウがふんだんに入り品良くまとめられていた。 「はじめまして、私は家光氏の仕事の関係でお世話になっております、ザンザスと申します。この度は仕事の関係上、息子さんにも多大にお世話になりまして。遅れてしまいましたが、本日はそのお礼へうかがわせていただきました」 流暢な日本語に、綱吉が目を剥く。 リング争奪戦の時は気にしていられなかったが、彼らヴァリアーの最低必須条件は七ヶ国の言語を操ること。 当然、ボスであるザンザスがその最低ランクに納まっているはずもない。 それにしたって、あまりにも自然な言葉と丁寧な紳士的仕草は驚くに十分値するものだった。 一応、世界でも有数の難解言語なんだけどなぁ。 中学英語さえまともな点数を取れるか微妙なツナは、切なく息を吐いた。 「まぁパパだけじゃなくて、ツッ君が? お仕事のお邪魔をしませんでした?」 「とんでもない。立派にやりとげてくださいましたよ。立派なご子息で」 それはもしや、リング争奪戦のことですか。 それしかお前と俺の間にあることなんて、思い当たらないんだけどもしかしてそれか。 恨むような視線を向けても、一向に構う様子の無いザンザスは、奈々に向かって綱吉のことを褒めちぎっていた。 「どうしましょ! 褒められちゃった!!」 邪気なく笑う少女のような母に、乾いた笑いしか浮かばない。 どうしましょう、は此方の台詞だ。 試合という名の殺し合いをしていた相手が、まさか母相手にあんな態度を取るなんて想定の範囲外だ。 「そうだわ! 今お夕飯の支度をしているの。お夕飯の予定はありますか?」 「残念ながら、ディナーの予約はなかなか難しくて。規律に厳しい方々が、夜出歩くことをあまり快く思っていないようでしたから」 苦笑のザンザスなど、お目にかかるはずがないと思っていた。 目の当たりにしても、我が目が信じられない。 「じゃあ、うちで食べていらっしゃい! そちらの皆さんも、ね?」 そうしましょう、それがいいわ。 ほわほわと笑って、台所へ舞うように戻っていけばイーピンがそれに続いた。 ザンザスが連れていたのは、部下が数人見える程度。 これくらいならば、ディーノが家に来た時の前例があるため皿や椅子は足りるだろう。 だが、いくら人数が問題なくても客自身に問題がありすぎる。 不安げな視線を向ければ、声は意外なところからあがった。 「大丈夫よ」 「ビアンキ」 「う゛お゛おおい、毒サソリじゃねぇかぁ! 最近随分大人しいと思ったら、ジャッポーネになんていやがったのかぁ?!」 荒れた口調が、イタリア語であることを即座に判断できた。 ザンザスの後ろで、影のように控えていたスクアーロである。 すぐさま殴りつけられて黙らせられれば、目に涙が浮いていた。 「ちったぁ黙っていられねぇのか、カスが」 「だってよぉ……。珍しい女がいりゃあ、驚くじゃねぇかぁ」 「当然でしょう。リボーンのいるところが私の居場所。……ついてらっしゃい、小さな家だけど案内するわ」 「一言余計だよ! それに……」 リング争奪戦が終わったとはいえ、彼らを家に招いて良いのか。 躊躇ったままの綱吉に、もう一度ビアンキは大丈夫だと言葉を重ねた。 「隼人はあぁいう子だからわかり辛いかもしれないけれど……、イタリアの男は、みんな女性に対して丁寧なものなのよ?」 いっそ鬱陶しいくらい、と、切り捨てるのが彼女らしい。 それに、と、少し顔を綻ばせる。 「マフィオーソにとって、ボスの妻は自分の妻よりも敬意を表して然るべき相手。相手がドンのマンマなら……考えるまでも無いわね?」 冷えた笑いを浮かべて、ビアンキが台所へ消えていく。 手伝うわ、マンマ。あら、いいのー? ありがとう。イーピンちゃんもいつもありがとうね。ランボさんもお手伝いするんだもんねー! 奈々マンマ、僕はなにをしたらいいかな? あらあら。みんなお手伝いしてくれるの? うれしいわ〜。 子供達に集られて、けれど穏やかな笑みを崩さない彼女を見ながら、リビングを通ってテレビの前までやってきた。 正直、彼らを部屋へ通すのはなにか違う気がしてならないのだ。 「……いいマンマじゃねぇか」 「へ? あぁ、どうだろ。なんかもうなんでもアリだからなぁ、母さん」 「家光にゃ勿体ねぇのは、よくわかった」 「それは同感。なんであんなロクデナシと結婚したんだか」 「ボンゴレ門外顧問がロクデナシか」 くつくつと喉奥で笑われるけれど、父親がロクデナシか否かといわれたらやっぱりロクデナシだと言う他無いと綱吉はかぶりを振った。 例え伝統あるマフィアの門外顧問だろうがなんだろうが、石油堀に行くとわけのわからないことを伝えて消えるような男を高評価してくれるほど息子の眼は甘くない。 「……ザンザスさ、食べられないものとかある?」 「あぁ?」 「早めに言っておかないと、もうメニュー決まってるかもだけど、駄目なやつあるなら言わないと。夕飯、食べられないものだけになっちゃうよ」 「ボスさん、結構偏食だかんなぁ」 笑い声に、考えるより先に手が動き無言で一発叩き込んだ。 撃沈するスクアーロに視線もやらず、考えるがよくわからない。といった面持ちになると、今しがた殴ったというのに気にもせず引っ張りあげて意識を戻そうとする。 「おいカス、オラ起きろ。俺が食えねぇモンをシニョーラに伝えて来い」 「お゛う……」 ふらふら立ち上がり、銀色が台所へ行けばもうなにがなにやらわからない騒ぎが耳に届いた。 ランボの叫び声に、なにやってんだかと眉を垂らせばザンザスの視線が眼に入った。 それと同時に。 目元を細めて、同じようにその光景を見つめるザンザスが視界に入る。 「……あ」 震える声は、けれど言葉にならなかった。 騒がしい夕食を作る声と、静かな男と少年。 死神を冠すヒットマンは、奈々マンマの力は偉大だと帽子の鍔を少しだけ落とした。 口元へ、小さな笑みを宿して。 *** 詰め込んだら詰め込みすぎた。奈々マンマに丁寧なザンザスが書きたかっただけ。 |