「王子思うんだけどさー」 ヴァリアー談話室は、今日も穏やかだだった。 ルッスーリアの焼いたパイは、オレンジが艶々と輝いている。 そこへ、躊躇い皆無なフォークが無神経に蹂躙。 結果、五分と待たず酷い有様になった。勿論、悲鳴をあげたのは最初のうちだけでルッスーリアも慣れたものだ。 ボスであるザンザスへ持っていく分は、きちんと別に用意してある。 「なぁに?」 いそいそとエプロンを外してピンと立てた小指のまま、器用にティーカップを口に運ぶ。 彼女はそこいらの女よりも、十二分に女というものを理解していた。 「先輩って、重くねぇ?」 ひゅんひゅんと指の先で舞うフォークは、ただのフォークだが自他共認める王子が持てば例え子供用のプラスチックフォークでも十分凶器だ。 口先も十二分に凶器なのだと、今日改めて彼女は理解した。 「……それ、スクちゃんの前じゃ言っちゃ駄目よ?」 「しししっわかってるよ。俺王子だし」 でも重いよなー。 ベルフェゴールの言葉に、愛ですもの。とルッスーリアはため息をついた。 実際、八年待てる愛というものが彼女にはよくわからない。 彼女の愛する男たちに、待つという概念は正しくない。彼らは愛を傾ける存在であり、冷たい彼らは愛を与えてくれる存在であるけれど、それだけだ。 「僕だったら、大金積まれたってごめんだけどね」 時間は有限、時は金なり。そして金は、この世のなにより重いんだから。 ふよふよと漂うようにやってきた小さな赤ん坊を、ベルフェゴールがひょろりと長い腕を伸ばして胸の中へ引きずり込む。 ムギャ! という、なんとも滑稽かつ切実な悲鳴があがったが、気にしないことにした。 代わりに、紅茶を入れるべく立ち上がる。 「おまけに八年待ってて、あの仕打ちだろー。王子わけわかんなーい」 「ちょっとベルちゃん、そこらのアホ女みたいに言葉伸ばすのやめなさいっ」 高い声で注意されようと、王子様は気にしない。 マーモンに同意を求めれば、面倒そうにしながらそれでも相手をしてあげていた。 「そうだね。ボスはスクアーロにしか素直に表現しないから」 ボロボロだよね、実際。 言う間に、扉の奥の更に向こう側からなにか破砕音がした。 いくら古い城とはいえ、ヴァリアーの本部である。当然、各部屋完全防音設備完備だ。 それでも聞こえてしまうのは、ひとえに彼らの耳が鋭い以上の音だからに他ならない。 「またやってる」 「ボスも飽きねーのー」 「救急箱の軟膏、足りたかしら」 う゛お゛おい! なんつーモン投げるんだああああ! 危ねぇだろぉおおおお!! 今日も今日とて、ヴァリアー次席はボスから何かしら投げつけられているらしい。 あれだけヴァイオレンスな扱いを受けているなら、普通愛想を尽かせても誰も責めないだろうが。 しばらくして、しん、と静まった空間に、ティーセットが擦れる音が響いた。 「八年待ってアレで、鮫って本当に頭悪ィのー」 「あんまり言ってるとボスに言いつけるよ、ベル。口止め料はAランク二回分にしておいてあげる」 変わらないお子様達に、ルッスーリアはため息しか出てこない。 DVが長引くのは、暴力を振るう側が受ける側に対して時折する優しさが要因のひとつとして大きい。 更に、この人には私がいないと駄目なんだ。と思い込むことで、相手の中にある自分の価値を高めようとし、結果的に暴力に耐え続けるという循環を生んでしまう。 八年待った重い愛を受け止めてしまったザンザスに、暴力が振るわれようと受け止めてしまうスクアーロ。 お似合いすぎるDV夫婦達は、離れた談話室で幹部たちが話しの肴にするのも飽きていることを未だに知らない。 *** 鮫の愛は重いがボスの愛も重い。二人とも重いのでちょうどいいのだろうが、他幹部にはいい迷惑。 |