ボスの愛人が一人減った。スクアーロは、傲慢の名に似つかわしくない沈痛の表情のままだ。
 じっと見つめるのが、目の前に鎮座した電話。
 どうせもうすぐかかってくるとわかっているので、待っている。
 ボスの愛人が一人減った。殺されたのだ。
 誰に? どうして? 状況は? その時なにをしていた?
 全てソラで応えられる。何故なら、現場に居合わせていたのだから。
 殺したのは自分ではないが。
 ヂリリリリリリリ。
 重苦しいベルの音は、本当に金属を叩いてあがる電話の声音だった。
 電子音ですら無いそれは、けれどこの城にあってはひどく似つかわしい。
「Si」
 日本の一般家庭のように、どちらさまですか。なんて尋ねるはずがない。
 ホットラインは当然のように、ボンゴレ10代目くらいしか繋がっていないのだ。
『俺は今とても、マンマミーアって叫びたい』
 そりゃあそうだろうよと、スクアーロも声を出さず思った。
 彼がボスに就任してから、数年が経過している。
 ミルフィオーレの連中もごたごたがちゃがちゃわいわい動いていて、そちらの監視も面倒だというのに。
 身内が更なる面倒を引き起こせば、マンマミーアの一言も叫びたくなるものだろう。
 電話の後ろでは、どさどさと書類が積み上がる音がした。
 これが自分のところのボスならば、積み上げていった部下に問答無用でランプが飛んでくるに違いない。何年経とうとあのボスは八つ当たり大魔王なのだ。
 主に被害を受けるのは自分なので、泣くに泣けない。笑えもしない。
『彼女の持ってるラインが、今結構重いってのは知ってるよね』
「Si」
『彼女の元パトロンが、今結構キナ臭いってのもわかってるよね』
「Si」
 短く、丁寧に、スクアーロはうなずいた。
 自分のところのボスは八つ当たり大魔王であり、ドン・ボンゴレは暗黒大魔王なのだ。
 十年に満たぬ歳月で、よくもあの純粋清廉な少年がマフィアやマフィオーソの襟首引っつかんで頭押さえつけるだけの強かさを身に着けたものだと感心する。
『なんでせめて、あと二週間待てないかなぁ。ザンザスってば』
 いいけどね。彼女が殺されたおかげで、自分の番かと思ってなんか焦ってボロだしてくれたから。
 電話の向こう側の声音は、呆れも含んでいるようだった。
 心底申し訳ないと思う。
 殺すだ殲滅だは、正直最終手段なのだ。
 ミスを犯そうと、使えるうちは使う。マフィオーソでも、愛人でも、それがたかが運び屋でも、変わりは無い。
 ヴァリアークオリティを、下っ端にまで徹底させるなど不可能だ。
 特に10代目に就任した彼は、誰であろうと汚い仕事をさせるのはあまり気持ちの良いものでは無いらしく、極力それを回避しようとする。
 今回だって、殺さないような目算をつけていたというのに。
 ザンザスが殺してしまって、面倒な遠回りは全て無意味と化してしまった。
『一応聞くけど、彼女なんでザンザスの不興買ったの?』
「あ゛ー……」
『今後、ザンザスにあてがう愛人のおねーさん達に言い含める必要あるからさっさとよろしく。さーん、にーい』
 言うのを躊躇おうとも許してくれない年下のドンの声にあわあわと口ごもっていれば、横から受話器を掻っ攫われた。
 跳ねるようにして顔をあげれば、不機嫌げな眉間の皺が常のままの話題の主である。
「ボス」
『え? ザンザス?』
「……髪だ」
『はい?』
「あのクズ女、ドカスの髪に勝手に触りやがった」
 それだけだと、一方的に言って受話器を落とした。
 ヂン! と重い音を立てて、通信は途切れる。
 耳といわず首まで赤くしたスクアーロが、歯噛みしながらザンザスを見上げた。
「ボスさんよぉおおお……」
 言っていて、恥ずかしくないのかと。
 問うでもない声に、今更と言わんばかりに鼻で笑われた。
「俺は自分のモンを勝手に弄られて、へらへら笑う趣味はねぇ」
 嘲る声で、けれどやさしく唇を寄せるものだから。
 うっかりほだされるのは、いつもの話。



***
 そして後日、本部へ呼び出されてツナの笑顔が待っている。


アンジェロアマンテ




ブラウザバックでお戻り下さい。