不意に、視界を過ぎる髪へ手が伸びた。
 絡ませて折り曲げれば、それは掴むという動作になる。
 当然、掴まれて引き寄せられた方はたまったものではない。
「い゛っでぇえ゛えええ! な゛にすんだあボスゥ!!」
「黙れカス」
 いきなり髪を引っ掴んでおいて、それはないだろうと思ったが、賢明にも今回口を開くことはなかった。
 たまには学習したことを実行するくらいは、スクアーロにも出来るのである。
「どーしたぁ?」
 指先で弄ぶようにしていた髪が、指から離れないことを経験から学んだのだろう。
 無理に男の指から引き抜こうとすることはなく、スクアーロは首を傾けて幾分余裕をもたせようとしながら問いかけた。
 じろりと、不機嫌な赤色が向けられるが構うことは無い。
 これでいちいちびくびくしているようなら、XANXUSの副官などやっていられないのだ。
「……伸びたな」
「ん゛あ?」
「髪だ」
「あ゛あ……。そりゃなぁ」
 伸ばし始めて八年間、切ることの無かった髪はあのリング争奪戦で一時期ぶっつりと短くなってしまったけれど。
 まだ、傍にいて良いのか問いかけた際に返された言葉から伸ばされ始めた髪は、年数も相俟って相当なものとなっている。
「長いほうが好きかぁ? ボス」
「別に」
 言うも、髪が手から離れることはない。
 問いかけたスクアーロも、答えを聞くまでもないことを理解していた。
 男は、この長い髪が殊の外気に入っている。
 だから少しでも荒れると花瓶が飛んでくるし、手入れを怠ったとバレるとインク壷だって平気で投げつけてくる。
 偏にスクアーロがルッスーリアと仲が良いのは、八年間を共にヴァリアーを守ったというだけでなく彼女の美容テクニックにお世話になることが多いせいもあるだろう。
「………悪くない」
「そっかぁ」
 ややあっての言葉に、スクアーロは笑った。
 至上の褒め言葉だとでも言いたげに、うれしそうに。
 満足そうに。


***
 スクアーロの髪にじゃれるボスってかわいいよねって。
 


髪になら素直のキス




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