リング争奪戦が終わって後、元ヴァリアーに処された処分は軽いの一言に尽きるものだった。
 九代目誘拐、造反、十代目殺害未遂。
 ひとつだけでも重罪であり、本来であれば死罪のはずだ。
 けれど、お咎めなしというわけにはいかずとも、全員が五体満足で終わった。
 それを誰もが、九代目の温情だと言った。
 家光もまた、仕える主君の寛大さを呆れながらそれでも彼らに言った。
 口を開かないXANXUSたちに、吐息をひとつ落として申し渡しは仕舞いだと言った彼に、異を唱えたのはその場にいる誰もが予想していなかった人物だろう。
 例えば。
 六道骸が、嘲笑と共にヴァリアー側に立つ発言をするならそれは誰かの予測範囲内であったかもしれない。
 例えば。
 九代目と親交も厚い死神ヒットマンが言うならば、それも。
 しかし口を開いたのは、今回の勝者でありつい一年もしない以前は、極東でごく普通に学生をしている子供からだった。
「違うだろ、父さん」
 九代目の温情なんかじゃ、ないだろ。
 かなしそうな目で、同情なんて欠片もしない顔で。
 違うだろう、と、繰り返した。彼の手は、グローブに包まれている。
「十代目……?」
 獄寺が声をあげたが、綱吉はかまわなかった。
 ひよこのような髪が震える。
 XANXUSへ視線を送れば、ただ前を見据えていた。此処にはいない誰かを、見つめていた。
 そっと、彼の傍にスクアーロが寄る。
 鬱陶しそうにしながら、それでも振り払わない一連の彼らの動作を見つめ、再び彼は口を開いた。
「全部、なかったことにするつもりなんだろ。九代目は」
「ツナ……」
「今回のことを無かったことにすれば、ゆりかごのこともなかったことに出来る」
 なにも無かった。
 造反も、殺害未遂も、誘拐事件も。
 なにもなかったことにする対価に、この軽い処分なのだろう。
「だがな、これは……」
「処分することになったら、みんな死んじゃうってのは俺だってわかる。でも」
 選択できる側ではないにしても、両極端過ぎる結末だ。
 DEAD or ALIVE なんて。
 普通の中学生は、味わわないだろう。
 今回のこと、そしてゆりかごのことを公にしてしまえば、少なくともヴァリアーの処分は全員死罪だ。
 加えて、ボンゴレという歴史あるマフィアに大きな傷と溝、そして亀裂を走らせることになる。
 ボヴィーノやキャバッローネといった同盟マフィア相手ならばいざしらず、他のファミリーが大人しくしたままでいるかは謎だ。
 むしろ、この内乱を煽り立てて財界や政界に波風を立て、ボンゴレを追い落とそうとするかもしれない。
 ましてXANXUSは公には九代目の養子であり、十代目の最有力候補であった男だ。
 そんな彼から二度に渡り反逆を試みられた九代目の、その人としての能力が疑われる。
 ひいては、ボンゴレという組織が疑われることになる。
 一騎当千のヴァリアー幹部たちを、根こそぎ失われることもファミリーにとっては大きな痛手だ。
 ヴァリアークオリティという言葉が出来上がる程に、彼らはビジネス面では常にパーフェクトを叩き出してきていた。
「全部なかったことにする、っていうのが、本当にどういう意味なのか、わかってるんだよな」
 九代目は、わかっていて、するんだよな。
 確認の声音は、静かだった。
 ハイパー死ぬ気モードにもなっていない、彼の雲の守護者の言葉を借りるならば草食動物のような少年が。
 父親とはいえ、イタリア最大最古のマフィア、ボンゴレファミリーの門外顧問を前に、微動だにしない。
 重い息を吐いて頷こうとした家光を遮り、上がった声は低く掠れていた。
「………沢田綱吉」
「XANXUS」
「いい」
 なにが、いいというのか。
 言い募りかけて、納得しきれない顔をして、けれど綱吉は、わかったと頷いた。
 悔しそうに、かなしそうに。
 その理由を、もしも九代目や家光が理解していたら。
 この世から彼らが―――少なくとも、XANXUSが消えてしまうだろうと、超直感に教えられるまでもなく。綱吉は、わかっていた。



***
 ぜんぶなかったことにするとゆうひげき。



純潔種の憂鬱




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