そこに耳を当てる。 そんな様子の相手を、仕方無さそうにしながら頭を抱きしめた。 眼が伏せられるのが、薄い衣類越しにでもわかる。 聞いているのだろうか。 聞こえるのだろうか。 「スザク」 静かな声が、美しく名前を呼んだ。 朱色の鳥の名は、守護者の名でもある。 ゆるく首を動かして、椅子に座る相手のまた一段下。 床に腰を下ろしていた漢は、押し当てていた腹から顔をあげた。 「元気そうだね」 「元気でいもするさ」 「だってルルーシュ、じっとしていて、って言わないとすぐ無理するから」 「それはお前だろう。もうちょっと落ち着きを持て」 「落ち着かなくてもなんとかなるだけの体力と反射神経を持ってるから、大丈夫だよ」 「よく言う」 呆れたように言い、ルルーシュは肩を上下させた。 長い髪がくすぐる。 「ねぇ」 「うん?」 「もう一度、いい?」 「好きなだけ」 目的語もなく交わされるそれに、ルルーシュは笑い、スザクはまた嬉々として腹に耳を押し付けた。 細い肢体にまとわりつくような、薄い衣類。 ゆったりとしたそれは、一歩間違えばローブのようだとさえ思えるほど。 スザクは静かに眼を伏せて、耳を押し当てたまま動かない。 そんな彼に慣れた様子のまま、ルルーシュは柔らかい癖毛を撫で続けた。 今この瞬間だけは、言葉などいらないように。 乗り上げている肘が重みを感じないのは、彼がそうやって気をつかっているせいだと知っていた。 赤い口唇が笑みになり、一度手が止まる。 「ルル?」 気になったのか、眼を伏せて聞き入る体勢のまま問いかけの声が耳に届いた。 なんでもない。言い切って、また髪を撫ぜ続ける。 幾度往復しただろうか。 わからないうちに、ルルーシュがついたのは吐息に似たため息だった。 「………スザク」 「なに?」 「いつまで、こんなことを続ける?」 「いつまででも」 「無意味なのに」 「意味は在る」 「ないさ」 「あるよ」 「ない」 「ルルーシュ」 無い、と繰り返す相手へ、焦れたような声がかかる。 見上げてくる若葉色の瞳には、炎が揺らめいていた。 意味は在る。繰り返し告げる声に、ルルーシュは矢張り首を横に振るう。 「意味などない。俺は孕むことなどない、お前は俺を抱かないし、そもそも俺は男だ」 この身に子供が宿ることは、未来永劫ありえない。 子宮はない、卵子もない、注がれる精もない。 なにもないままで、なにを宿せというのか。 諦めろ。幾度繰り返しただろうか、この言葉を。 幾度否定されただろうか。今回も。 「いいや。諦めない。絶対に、諦めない。僕は、ルルーシュ」 「諦めろ。お前は俺が憎くて憎くてたまらない。そんな相手を、抱けるわけもない。マリアでさえ、女性だった。男の俺がなにを生むと?」 「―――化け物を。歴史の怪物を。ゼロを。君が生むんだ、ルル」 「あれは俺の一面、俺のペルソナの一つ、俺自身。宿るものではない。既に俺という形を得ている」 「仮面だというなら、君に宿るその子供に移し変えて。一面だというなら、その子供の一面としてみせて。僕にゼロを頂戴」 「愚かだよ。枢木スザク。いくら待っても、私には子供など宿らない。よしんば宿したところで、殺されるために生まれる子供をどうして産もう」 「君の罪業を、君に背負わせたくないから。ゼロが悪いんだ、ルルーシュ。だから、ゼロを宿して、そして産み落として」 そして俺に頂戴。 ユフィの命を奪ったゼロを。 俺から君という幼馴染を奪ったゼロを。 僕に頂戴。 「駄目だ、あげない。あげないよ、スザク。殺したければ、殺すのは俺だ。俺がゼロ、お前の主の仇。俺は子供を孕まない、そんな機能は備えていない」 「俺に君を殺させないで」 「私に子供を見捨てさせるな」 どこまでも平行線を歩み続ける。 空ろな願いの揺り籠など、男の身にはどうあっても宿せない。 奇跡でも待てというのか。 力を得た時のように。 「人の身に、奇跡は起きる確率のほうが難しい。俺はもう、奇跡に出会った」 自らの力では、どうあってもなしえることが出来ないものの名を奇跡というなら。 それはもう、得てしまった。 人に奇跡は二度起こらない。 「だからお前の願いは叶わない。永遠に」 ゼロは俺。ルルーシュも俺。 お前の主を殺したのも俺。憎むべきは俺。 だからどうか、ちゃんと俺を憎んで。 素通りして、ルルーシュという存在を消さないで。 憎しみに目の前を潰す少年に、その呟きは聞こえない。 *** 幼児虐待は駄目、絶対。ですからね。 数ある犯罪の中でも私は虐待や性犯罪が一番赦せない。 ひとの話を聞かないスザク、というのが書き易いのはひととしてどうなのでしょう。(ぉ |