ここにはアレもソレもいる。




 左からの綺麗なストレート。
 お手本のような、見事な腕の伸び。
 勿論、筋力が段違いだ。
 なにしろ、相手は何の底上げも無しに壁さえ走り人間業ではないと言った次の瞬間立候補してそれを成し遂げる枢木スザクである。
 まず、致命傷を生身対生身で与えようという其の発想事態が間違っている。
 ゆえにスザク自体にはなんらのダメージも与えられていないはずだった。
 そもそも、彼は腐っても職業軍人である。
 日夜身体を鍛えることが義務とされているのだ、たかだか一介の学生ごときからの一撃で、怪我をするほうが間違えている。
 けれど衝撃を与えうるには充分であったようで、反射的に避けた其の後はぽかん。と驚きを露にしていた。
 さて。
 舞台はアッシュフォード学園、お馴染み生徒会室。
 時間は放課後。役者は生徒会メンバーほぼ全員。欠席はニーナだけだが、彼女は自分の実験に追われているのだという。
 つまりは、あまりにも平穏で平和な日々の一こま。
 そこに、間違ってもありえてはいけないルルーシュからの一撃。
 スザクの頭は、許容量を越えそうなこの事態に、必死で頭を働かせていた。
 いくら軍人としての判断力は鍛えられていても、彼には空気を読むことも出来ない、絶望的なまでの推測能力が低かった。
 戦闘時には見事に発揮されるため、ルルーシュは単純に野生動物の勘みたいなものか、と評価を下している。
 存外間違いでは無いだろう、同調したのがスザクの師でもあった藤堂だ。
「え、えぇええええええええええええええええ、と」
 困惑しているのだろう。
 頬を押さえながら、スザクはもう一度目を瞬いた。
 若芽色の瞳は、まっすぐにルルーシュだけを見ている。
 凝視しても、変わらない。
 彼はルルーシュで、ここは学校の生徒会室で、周囲にはニーナを除いた生徒会メンバーがいて、
「…………え、っと」
 目の前の彼に殴られた。
 現実は、それだけのことである。
 ある、のだが。
 その現実こそ、彼には認識するのが難しかった。
 ルルーシュはあまりこういう手段は使わない。やるなら口だ、口論だ。
 大抵の人間ならば、容易く論破されるだろう。彼の語彙力とその鋭さには定評さえある。
 ほぼ無敗といっても良いかれが、何故手を――殴るなどという、真似をするのか。
 わからなくて、スザクは困惑の表情を浮かべたまま固まっていた。
 准尉に上がる前、一等兵であった自分が、不条理な暴力にさらされたことがなかったとはいわない。
 名誉ブリタニア人である。
 暴力の捌け口にされようと、黙して従うしかない。
 だが、彼はそういうことを気にする人間ではない。それは、スザク自身が一番良く知っていたはずだ。
 それとも、変わってしまったのだろうか。
 ここ数日、軍が忙しかったから。その間に、なにか劇的なことが起きて。
 嗚呼しかし、殴られた頬はちっとも痛くない。
 けれどこれがルルーシュの実力だったら? 大いにありえることだ。なにしろ彼は本当に致命的とさえ思えるほど鍛えていない。
 これが彼の本気かもしれないのだ。
 ならば、痛がるべきだろうか。これだけ間があいたのに、それは不自然すぎやしないか。
 ぐるぐると煮詰まる思考は、どこまでもサーキットを駆け回っていく。
 とりあえず、なにをしたのか聞くべきか。
 それさえわからぬのかと怒られるか。
 ならば先に謝るべきか。
 否、なにを謝るのだと問い詰められたらそれで最後である。
 無為に謝ることを、赦すような人間ではない。もしも殴ってすっきりしていたとしても、怒りが再燃することは火を見るより明らかだ。
 では、どうするべきなのか―――。
 考えていたスザクの耳に、小さくルルーシュの声が聞こえてきた。
 それが今のパンチの理由かと思って、もう一度言って! と即座に切り返す。


「………ねこぱんち。………にゃあ。」


 え、ちょ、これ幻聴?
 なんだか物凄い可愛いことを言われた、気がしたのは気のせいではない絶対に!!
「これでいいですね、会長!」
「いいわよう! あー! いいもの見たっ!!」
「いや〜。ルルーシュがネコパンチだなんて、どんな無謀かと思ったけど、今日スザクが来てて良かったなー」
 おふざけコンビがけらけらと楽しげに笑う脇で、ルルーシュは不機嫌そうに腕を組んで明後日を向いている。
「え、っと。今のは、一体」
「……いつものおふざけ。この書類の束を片付けるか、会長がちゃんとやるかで、賭けをしたの」
 誰かにねこぱんちして、その後に「にゃあ」と言ったらやってしんぜよう! などと、ミレイが言い出したらしい。
 そして、溜め込まれた書類を反省の意も込めてやらせようとして……。
「僕になった、と」
「そ。こんなことやってるより、普通に片付けたほうが早いでしょうにね」
 視線もあわせず、さっさと電卓に数字を打ち込んで計算を合わせていくカレンはあほらしいと呆れているようだった。
 いまだにリヴァルやミレイは笑っていて、ルルーシュはご機嫌ななめだ。
 しばらく、このインパクトは忘れられそうにないスザクに、カレンは再度呆れた息をつく。
 ルルーシュのねこぱんちにも違和感はなかったが、それなら彼は犬だ、犬。
「ここは生徒会室じゃなかったのかしらね? ねぇ、アーサー」
 キャット・ツリーにいる、生徒会メンバーに声をかける。
 そんなん知らない。とばかりに、大きくあくびをすると、それこそにゃあ、と一声鳴いた。



***
 とりあえず、ギャグでボディを殴ってみました。
 正直、ねこぱんち。を言わせたかっただけです。特に意味などない!!(くわ。







ブラウザバックでお戻り下さい。