自分達はなにを勘違いしていたんだろう。 カレンは思う。 彼は人間だ。 背中を裂いたからといって、翼が生えるなどありえない。 けれど、思ってしまった。 だってゼロなら大丈夫だ、と。 そこに理由はない。 理由は、ゼロだから。 それで充分だった。 他の団員もそう言うだろう。 だってゼロだから。 それが全ての理由だった。 だってゼロだ。数々の奇跡を現実のものとし、目の前で起こし、そして奇跡の立役者として皆を率いてきてくれた人。 だからカレンは、もしかしたら彼の背中が裂けたらそこから。 羽根が生えてくるのではないかと思っていた。 そうだとしても、驚かなかった。 黒色だろうと白色だろうと、驚くことはないだろう。 皮膜だろうと、羽毛だろうと、褒めることはあっても恐れることはないだろう。 だが、実際は違った。 彼の背中が裂けて、彼は血を流した。 大きな臓器は外れているという。それが幸いだと、医療サイバネティクスにも造詣の深いラクシャータが息をついた。 ギリギリだったという。 失血量が危なかった。血液型を最初に知らされていたから、すぐに集められた。 いくらすぐに何型かわかるように、設備も整っているとはいえ。 一歩どころか、半歩遅ければ黒の騎士団は指導者を失くすところだったのだと、息を吐きながらラクシャータは告げた。 青い顔になって、走り寄ろうとしたのはカレンで、止めたのはラクシャータだ。 曰く、現在は麻酔で眠っているということらしい。 それでも、傍にいるC.C,に対し何故の激が烈しく飛んだが、それに彼女は答えなかった。 代わりに、ディートハルトがゼロの正体を知るのが彼女しかいないからだと告げる。 こんな時でさえ、ゼロは徹底的に自分の正体を秘密にしようとした。 信用されていないはずがないと知りながら、彼女にはそれが哀しかった。 C.C.が踵を返し、カレンは千葉が連れて行った。 いくら黒の騎士団幹部には女性の姿も見えるとはいえ、団員のほとんどは男だ。 少ない女性のなかでも、特に武勲に名の在る千葉はカレンにとっても良い姉的存在らしい。 やんわりとラクシャータは彼女にフォローを頼み、部屋へ戻るよう指示した。 この場を、一番知っているのは褐色の科学者だけである。 従うように、ぞろぞろと他の人間は戻っていき、ゼロが眠る医務室の前には知らず最高幹部ともいうべき藤堂とディートハルト。 それにラクシャータという、年配者が残った。 降りる重い沈黙に、まずは女が悲鳴を上げる。 「あーーーーーーーー! 重い!」 「……それは、すみませんね」 「対策を考えねばならんのでな」 それぞれが被るようにして言った後で、ラクシャータがにやりと笑う。 食いつけば一応、此方のものだ。弁が立つことを彼女は自任している。 「失態だわね。これはアタシらの」 「………」 「そうですね。これは我々の失態だ」 沈黙と雄弁、二極にあるかのような男達だが、意思は同じようだった。 彼らも、そしてラクシャータも、さらにはキョウトでも黒の騎士団に一目置いてくれている桐原老人も、団員たちとは違いちゃんと彼を人間としてみている。 それはなにも可笑しなことではないのだ。 桐原老にいたっては、数少ないゼロの素顔を知る者だ。 だから彼らは、彼らだけはせめて。 ゼロをヒトとして扱わなければならなかった。虚像ではなく、偶像ではなく。 疲れることもある、睡眠も必要としている、表の生活とてあるだろう。 そう言う人間として、扱わなければならなかったのに。 此処最近、たてこんでいる活動のせいでゼロの調子の見極めを疎かにしていた。これは、見ていなければならない監督者としての過失だ。 確かに黒の騎士団の首領はゼロだ。 万人に認められることだろう。けれど、それとこれとは別である。 「とりあえず、ナイトメアの整備とぉ。ゼロの容態回復を最優先に回すわよ?」 「撤退ルートの一部を潰して、ブリタニア軍の拠点を潰そう。それは俺達が引き受ける。団内の指示は扇副指令が?」 「えぇ。彼も折衷案など中々良い意見を出す。団内の緩衝材として、最適でしょう。嗚呼それから、ブリタニア軍の内偵が幾人か入っているようですが」 「ではそれも此方で。ゼロの容態が回復するまでどれ程かかりそうだ?」 「怪我自体は明後日にも動かせるけど、医療畑にいた人間としては、プラス三日欲しいわねぇ。過労よ? 過労。過労による血圧低下もあるのよ?」 「……五日は長い。プラス、一日で、三日が限度でしょう。此処最近、我々は活発に動いている。ブリタニアにも、ゼロの負傷は伝わっているでしょうから」 「でしょぉね。じゃあ、プラス一日の休養で手を打つわ」 「プランA-4で大丈夫なようだな。卜部に伝えておこう、必要なことは?」 「今は特には。ゼロの容態が戻ったら、とりあえずアンタらとカレンでいいわね?」 「充分でしょう。それから、あまり扇副指令を蔑ろにされませんように。彼は努力家ですよ」 「あら、ごっめんなさぁい」 テキパキと打ち合わせれば、すぐに三人は其々の仕事のために動き出す。 怪我のために、C.C.立会いのもとと他言無用を言いつけられてのこととはいえ、仮面を外した姿を見てラクシャータは驚いた。 嫌がるだろうが、現実として。事実としてをいうなら、彼は子供だ。 本来であれば守られるべき立場のはずだ。実際、ブリタニア人の彼ならば、学校に通っていても問題ないだろう。 だがそれをしない。其の覚悟たるや、如何許りのものか。 カレンにしてもそうだ。いくらハーフとはいえ、安穏としていれば出来たはずの彼らである。 それでも戦争を、起こしている。 大人が守らなければ、いけなかったはずの子供達。 今、庇護のために腕を伸ばしたところで、彼らは拒否をするだろう。 誇り高い彼らに、それは侮辱だ。わかっているから、藤堂も、ディートハルトも、ラクシャータも、桐原老人も、それだけはしなかった。 違うアプローチで、彼らのサポートに徹することを決めた。 年代としては彼らの――子供の領分が、前線に立って戦うことなら。 大人としての自分達の領分は、そんな彼らを出来る限りの手で守るべきことだった。 そうと、決めていた。 *** 大人組が大好きです。 ラクシャータ、ディートハルト、藤堂さんはそれぞれ分野が別な割りに良識派っぽいと思いますが如何でしょう? |