こんなにも青い空の下で、




「Q1、Q2、Q3撤退、Mナンバーズ、G7ポイントへ急げ、藤堂、そちらの撤退は任せる。カレン、ランスロットを牽制しつつ撤退!」
 攻撃の手が緩んでなどいなかった。
 けれど、相手は訓練された正規の軍隊で。
 こちらは、民間人ばかりの烏合の衆だ。
 奇襲や奇策はそれこそ、山とあるけれどそれだけでは勝てない。
 特にルルーシュは、運や天が味方する、などということを信じていない。
 藤堂もそうだったが、勝つためにはそれだけの足場がなければいけないのだ。
 物資しかり、情報しかり。
 ルルーシュは、それらを熟知していた。
 だから、運頼みや神頼みに似た無謀な策は絶対に取らなかった。
 それがどれだけ奇跡じみているといわれても、見る者が見れば絶対的な布陣を敷いてからの作戦であることがわかるだろう。
 誰かを盾にし、駒にして。進んでいるように見えるし、実際その通りだ。
 けれどルルーシュは、作戦以外では駒のように人間を扱うことはしなかった。道具のように扱うことも、見下すこともしなかった。
 それが作戦ならば、やる。
 修羅に徹する少年は、それ以外はいたって普通の感性の持ち主だった。
「チッ、コーネリアめ………!!」
 ハドロン砲の残りエネルギーを尋ねれば、広域殲滅のために開発されたKMFなだけあってまだ余裕はあるらしい。
 けれど、今までのように無駄に撃つエネルギーはない。
 つまりは、そういうことだった。
「ということは、プランDからはやめておいたほうが妥当か。そうすると………」
「ルルーシュ」
「話しかけるな。今、」
「ルルーシュ」
「………なんだ、C.C.」
 焦れた声音で、顔が上がる。
 高貴な花のような紫だった両眼は、今は片方赤に犯されている。
 それでも、彼の美しさを損なうことはなかった。
 損なうことなく、やはり彼は美しかった。
 だから、と思う。
 この感傷は、だからだと。
「お終いだよ。お終いだ、ルルーシュ」
 ゼロ、と、彼女は呼ばなかった。
 黒の騎士団の公で前のみ、其の名を呼んだけれど。
 彼女はその名をほとんど呼ぶことは、無かった。
 今もまた、呼ばない。
「お前達の負けだ。最高の布陣、最強のKMF、手厚い人員、出来る限りの物資、団員たちの士気。全て、揃っていた」
 けれど、もうお終いだ。
 負けたんだ、黒の騎士団は。
「………ッ! まだだ! まだ!!」
「まだ、やれる。確かに、まだやれるさ。でも、これ以上の被害を出すか?」
 目の前に広がる、崩れ果てた租界。
 其処にいたはずの人々。
 被害を最小限に抑えようとしたところで、ゼロではない。
 誰かは必ず、死んでいる。
「第二、第三のあの少女を出すつもりか? ルルーシュ」
 シャーリーの泣き顔が浮かんだ。
 ずるいよね。震える声で、涙ながらに言う少女。
 記憶を消さないでと、頭を振った少女。
 クラスメイトだった、親しかった、彼女の明るい声にどれだけ励まされただろう。
 今は、もうそんなこともない。
 彼女は忘れてしまったから。自分に関する全てを。
「ルルーシュ、お終いだ。お前達は、負けたんだよ」
「………そうか。俺達の負けか」
「嗚呼。負けだ」
 繰り返す言葉に、ルルーシュは疲れたように前屈みに上体を倒した。
 C.C.はパイロット席から腰を上げ、腕を伸ばす。
 彼女は矢張り、微笑んでいた。
「―――駄目だったよ。ナナリー、………母さん」
「そうだな。きっとこれから、日本人への扱いはもっと厳しくなる」
「最悪だな、俺」
「まったくだ」
「少しは遠慮というものを、したらどうなんだ」
「今更だろう」
 言葉に、全くだ、と、疲労感の漂う様子で返した。
「だが、責任はとらないとな」
「真面目な男だ。ゼロが終わるしかなくても、自分のために生きられないなんて」
「無責任な真似だけはしない。そうでなければ、今まで積み上げてみたものが無駄になるだろう」
「優等生め」
「なんとでも」
 脱出ポットは無いから、適当に降りろ。
 いっそ見事なまでに言い切った男へ、けれどライトグリーンの髪を揺らしてC.C.は横へ首を振った。
「付き合ってやるさ。見る眼のなかった、私への戒めに」
「つくづく、酔狂な女だ」
「そうとも。私は、C.C.だからな」
 その台詞を聞くのは、何度目だろう。
 可笑しくなって、ルルーシュは肩を震わせ笑った。
 ハドロン砲の収束率を低くし、エネルギー収束率を低下させる。
 威力は無いが、そもそもがエネルギー質量の塊だ。飛び火するだけでも、それなりにダメージは与えられるだろう。
「なぁ、ルルーシュ」
「どうした。まだなにかあるのか」
 死んだことは、すぐには伝えずとも構わないだろう。
 藤堂、ラクシャータ、ディートハルト、桐原老。すぐにバレるかもしれないけれど、信頼の証としてカレンや扇にも伝えるべきか。
 通信回線を一気に複数つなげれば、当然軍にもバレる可能性がある。
 だが、現状で既に日本が味方しているのはどちらかわかるだろうし、NACにしても実態は既に割れていることだろう。
 遠慮は要らないかと、本部のディートハルト以外をスクランブルにして回線を開くべく動かす。
 キィを打つ手が止まったのは、彼女が珍しく語を詰まらせていた。
 早く言えと視線で訴えれば、共犯者の女は切なそうにしながらも微笑みかけた。
「次に生きる世界なんて。お前は信じていないだろうけれど。もし、次に生きる世界があったら――、ルルーシュ。お前は、青空の下にいるといい」
 破壊に手を染めるのではなく。
 絶望を作り上げるのではなく。
 修羅の道を歩むのではなく。
 青空の下で、笑っていると良い。
「そっちのほうが、お前には似合うよ。ルルーシュ」
 本当は優しい、妹思いの少年の名を。
 C.C.は紡ぎ続けた。
 回線を開こうとしていたコンソールから手を離し、己を隠してきた仮面をツルリと撫でてしばしの沈黙の後、嗚呼。と彼は嘆息にも似た吐息を零した。



「嗚呼、俺もそれがいい」



 さよならもなく黒いKMFガウェインが自壊したのは、その直後のことである。




***
 タイトルは、某アニメの最終話、だったかな……?
 普通に考えて、正規軍と革命軍がガチ当たりしたら正規軍のほうが勝ちますよね。租界崩壊しちゃったけど、本当にどうなるんだろう。
 革命なんて、本当はやらないほうが良いんです。歴史を振り返るまでもなく、大抵革命側が敗北してそれよりもっと酷い状態を招いていますから。





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