騎士編




 手を伸ばしてはいけないと、知っていた。
 だってもう、自分は選んでしまったから。
 大切にしなければいけない人を。
 けれど。
 この手は二本あるのだから、片手を離さずにいれば。
 もう片方の手を、伸ばしたって良いだろう。
 きっと自分の主も、賛成してくれる。
 だって大切なんだ、両方。
 きっと祝福してくれる。
 だから。

「ルルーシュ」

 塔の鍵はかかっていない。
 彼女がここにいるのは、偏に周囲の人間に自分は無害だと知らしめるためだ。
 なにもしない、なにも出来ない。
 望むなら、何処へだって嫁ごう。人形と言いたければ、言うが良い。
 それでいい、それで構わない。
 だから。
 彼女には、知略があった。戦略があった、戦術はいくつも身に備わっていた。
 けれども、彼女には守るものがまたあった。
 その守るべき大切な存在は、現在病院で集中治療室に入り出て来れてはいない。
 彼女自身のことならば、彼女は自分で対応するだろう。
 だが、大切な大切な妹を狙われたら。
 守りきると思いつつも、それには彼女には絶対的に力が足りなかった。
 彼女はそれをよく承知していた。
 ゆえに、磨いだ爪も牙もなにもかもを押し隠して、彼女は只管にこの塔の内に引き篭もっていた。
 それが彼女の望むことではないと、スザクは知っている。
 深い情愛と、烈しい気性を持っているのが、彼女という人だったから。
 けれどそれでも、自分というものを殺ぎ落としてでも、ルルーシュにとって守りたいのは妹という存在だったのだ。

「……珍しい。こんなところへきて、なにか言われても知らないぞ。ユーフェミアの筆頭騎士」

 疲れた様子で、ルルーシュは微笑んだ。
 妹姫の容態は常に一進一退で、もう何年もまともに話を出来る状態になっていない。
 それでも、妹の存在を支えにするように縋るように、彼女は生きている。
 静かに、静かに。
 息を潜めて。

「君を迎えにきたんだ」

 差し伸べる手に、ルルーシュは眼を瞬いた。
 手と、ベリルをそれぞれ交互に見つめやり、それから首をかしぐ。
 どういう意味だと、問うように。

「ユフィの騎士が、俺を?」
「ルル、女の子なんだからそんな言葉遣い駄目だよ」
 嗜めるように言えば、口の端を釣り上げて私を? と言い換えた。
「うん。騎士という立場なら、君を迎えに行っても大丈夫だ、って。ユフィも言ってくれたから」
「………ユフィが」
「昔みたいに、一緒に遊ぼう。って」
「…………そうか」
 やはり疲れた様子で、窓際に腰掛ける。
 窓は開いたままで、この高さでも柵も何も無い。
 危ないよ。言ったスザクだが、言われた当人は気にもかけていない様子だった。
「スザク」
「なに」
「お前は、ユフィの騎士だろう」
「うん」
「じゃあ、そんな中途半端なことをするな」
「中途半端って、なにそれ」
「全身全霊をかけて。己の全てで主を補佐し、主を護る。それが騎士だ。二本の腕は、二本とも一人の主のために捧げろ」
 片手で剣を持つのなら、反対の手は盾を手にしろ。
 そうでなければ、騎士ではない。
 ルルーシュは、その長い髪を重たげに横へ揺らした。
「でも、ユフィだって」
「ユーフェミアにも、伝えろ。私はここにいる。ここでいい。今更、なんの希望を持てというのか。過去は戻らない、過去へは戻れない」
 だから輝かしく見えるのだ。
「それでも僕は、また来るよ」
「何度でも、私の意思は変わらない」
「君が飽きたら、僕の手をとって」
「強情な男だ」
 俺のもとに来ることを、お前が飽きて諦めるのと。
 お前が来ることを飽きて、俺がこの塔から飛び降りるのと。
 どちらが早いのだろうな。
 密やかに笑って、美しく紫水晶の瞳を歪めた。
 凄絶な笑みは、鍵の無い扉に阻まれ白い騎士に届くことはなかったけれど。



***
 枢木さん報われて無いけどちゃれんじゃー。
 人生投げすぎルルでした。
 取れない手。というの好きなんですね、私。(他人事のように





ブラウザバックでお戻り下さい。