ルルーシュは、自分が生まれたことを当然だとは思っていない。 むしろそのことも含めて、母マリアンヌを敬愛していた。 離宮とはいえ、皇宮の一つである。 認めたくないが父である皇帝には、なんと108人にも昇る妻がいた。(もしかしたら、今はもっと増えているかもしれない) だが、その108人全てに子供がいるのかといえば答えは否だ。 そもそも、そんな多くの妻をもって皇帝が全て把握しきっているのかといえばこれもまた否でしかないだろう。 何故なら、ただ皇妃として後宮にいれた女もごまんといるためだ。 皇帝の婚姻に、個人の感情など不要。 国にとって利益となると考えられれば、たとえ同国の人間だろうと妻にして国を発展させていく。 現皇帝は、特にその色が強かった。 故に、婚姻を結び一、二度肉体交渉をもてばそれきりが多い。 まず子供を孕むこと自体が、皇妃の女達は極端に少なかった。 当然ながら、不義密通はブリタニアであっても重罪である。爵位剥奪、後宮追放、男にも相応の罰が下されるだろう。 リスクが高すぎるそんなことをするほど、後宮に入るような女性達が愚かなはずもなく。 子を持つ母自体が、少ないのが現状だった。 また、子供を孕んでも実際産めるかどうかで極端に確率は低くなっていく。 第一に、毒殺。 母親ごと殺してしまえ、という空気が、平然とあるのが後宮という恐ろしい場所だった。 皇位継承権が、己の子供よりも低いならばかまわない。 だが、己の子より高い子供が生まれたら? それは、彼女たちの立場を崩すものにもなりかねない。 我が子と我が身可愛さに、他の皇妃を毒殺しようと毒物を混入させようとすることはままあることだった。 勿論、毒を防ぎきるだけでは足りない。 暗殺者も平然と放たれる、狭い世界なのだ。 外界からの守りは完璧な後宮だからこそ、内側の事象は外に漏れにくい。 誰も彼もが似たような思考をもつがゆえに、例え発覚しても皆が一様に口を噤み知らぬ振りを貫き通す。 更に、運良く出産するにいたっても、例えば乳母が他の皇妃に抱きこまれたり、もしくは遊びと称して危険なところへ連れていかれ その間に暗殺されたり、と、七歳まで成長しきる子供は後宮にあっても驚くほど少なかった。 第五位程度の皇位継承権をもつ子供達は、その危険は無い。 というのも、彼らの母親自体が有力者であり、その子供達、その母親達を害し、発覚すればこれもまた追われる身になるがゆえである。 五位から、十位までの母親達は熾烈を極めた。 笑顔で毒を送りあい、刺客を差し向けあい、その上で茶会に呼び更に下位の皇妃を愚弄嘲笑するのである。 げに恐ろしきは、母ということだろうか。 そんな状況を、母が死ぬ前より察しがついていた聡明なルルーシュは、ゆえに自分が無事生まれ、成長していけたことを思い返し驚いた。 驚きついでに考えてみれば、なるほどそれも当然である。 まず、食事はほとんど母手ずからのものであった。 いくら侍女がやると言っても、茶を入れることひとつも彼女は滅多に他の人間に譲らなかった。 毒殺を恐れ、防止するためだろう。 更に、幾度かの刺客もマリアンヌ自身が切り伏せて衛兵達へ引き渡していた。 他の皇妃達は、野蛮なことよ、所詮軍人は、矢張り庶民などが、と鬱陶しがったが、毅然と微笑み無事を守ってくれていた。 最低限の侍女しか傍には寄せず、子供達は守り役に任せるのではなく何処へ行くにも母が共に在ってくれた。 ユーフェミアに誘われた真夜中の天体観測にも、笑顔で応じてくれた。 子供だけでは危ないでしょう。ただ危険を説くのではなく、彼女は一言もそんなことを言わずに傍に行くことで守ってくれていたのである。 今にして思えば、彼女は母の鑑だった。 だからこそ、ルルーシュの憤りは深いものである。 奪われた、美しく強く誇り高く聡明な母。 ナナリーを庇う形で、事切れていた姿は、あまりの衝撃に言葉にならず瞠目していた妹の姿と共に彼の脳裏に焼きついている。 「貴女が私の姿を見たら、怒ってくださるでしょうか」 ゼロの仮面を前に、ルルーシュは呟きを落とした。 それから、打ち払うように頭を振るとゼロの仮面を被る。 見ていたようなタイミングで、背後のエア・ドアが開いた。 「なにをぐずぐずしている。私を待たせるな」 「うるさい。すぐに行く」 立ち上がり、マントを打ち鳴らして歩く。 随伴するように、数歩後ろを灰色の魔女がついた。 魔女を従えて歩く己には、既に地獄しか用意されていないだろう。 それを思えば、死して後。母に叱られることも出来ぬ我が身が、少し、哀しかった。 *** いや、実際陰惨だろう後宮なんて。と思って。 後宮の中に離宮がある、というイメージです。どれだけ広いんだブリタニア皇宮。とか思いますが。 なんかほら、思考エレベーターとかってあるし! 広いんですよきっと!!(ちょお適当。 |