誰が為にも鐘は鳴らず




 悄然としている、自覚はあった。
 主であるユーフェミアが目の前で逝った時でさえ、こんなにがらんどうにはならなかっただろう。
 意識のどこかで、彼の名前を唱え続ける。
 見ていられなかったのか、単純に主任が鬱陶しいと判断したのか、スザクには待機命令が出された。
 黒の騎士団が、ゼロの死をきっかけに猛攻に出てくるのかと思えば違ったためである。
 これに対し、コーネリアは慎重な姿勢をみせた。恐らく、ゼロのことであるから自分が死した後も策を二重三重にしていると考えてのことだろう。と言って。
 また、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの存在が明らかになったことで、ナナリー・ヴィ・ブリタニアの生存も濃厚になった。
 皇位継承権さえ保持していないとはいえ、皇族である。
 捨て置かれた存在であろうと、皇族も黒の騎士団に協力している、という姿が出れば他エリアや黒の騎士団の勢いを奮わせ更に自軍の士気を低迷させかねない。
 保護という名目の確保に乗り出したため、時間はたった数日であろうと、出来たのである。
 幸いにして、というよりも、この件に関しては大して役に立つとも思われなかったためか、それとも上官の恩恵か。
 スザクに事情聴取が為されることはなく、余計に余った時間だった。
 やることもなくなってしまい、ぽっかりと空いた穴のような胸の内。
 どうしよう、そればかりを考えて、ふらりと立ち寄ったのがクラブハウスだった。
 まだ雑然とした空気は学園内のいたるところに残っていたが、このクラブハウスは静謐そのものだった。
 恐らく、ミレイの配慮だろう。
 光のない彼女は、気配や耳が特段優れてしまっている。
 多い人間はそれだけ様々な気配を発し、儚い少女を疲れさせてしまうのでは、という考慮が見え隠れしていた。
 ドアノッカーを叩く。
 鈍く響く金属音を数度鳴らし、待っていれば直ぐにメイドである女性が顔をだしてくれた。
 一礼され、慌ててスザクも頭を下げる。
「申し訳ありません。ルルーシュ様は、まだお帰りになられていらっしゃらないんです」
 ナナリー様も心配なさっているのですが。
 困ったようなメイドの言葉に、スザクの顔が固まる。
 どこにもいないと、知っていたから。
 だが、それを言うことは出来ず、ただナナリーに逢えますか? とだけ問うことにした。
 メイドはすぐに悩み、聞いてくる旨を告げてリビングへスザクを案内した。
 時間としては遅くないが、ナナリーは自室にいるようだった。
 なんでも、帰らぬ兄を心配して疲れ気味だから、とのことらしい。
 当然だと思うと同時に、胸の奥にじわりじわりと嫌な物が溜まっていく。
 おかしい。呟く声は、既に背を向けていたメイドには、聞こえなかったようだったために、もう一度呟いた。
 おかしい。正しいことをしたのに、どうしてこんなに、気分が悪くなっていくのか。
 沈み込みかけた意識は、咲世子によって車椅子を押されながら現れたナナリーの存在により浮上した。
 矢張り、彼女が言っていたように少し疲れた様子を見せている。
「こんばんは。遅くにごめんね、ナナリー」
「いいえ。スザクさんも、軍、お疲れ様です」
 お茶をお願い出来ますか。
 人払いをやんわりと頼む女主人に向かい、一礼をすると咲世子は室内を出て行った。
 沈黙がひとつ、落ち、それからスザクが口火を切りかけたところでナナリーが先を制した。
「どうなさったんですか? スザクさん。ごめんなさい、お兄様、まだお帰りにならなくて。お兄様に、御用なのでしょう?」
「あ、ううん。いや、うん」
「おかしなスザクさん」
 くすくすと、曖昧な態度の彼にナナリーは笑った。
「………ねぇ、ナナリー」
「はい?」
「ユフィがね、ユフィが、死んだんだ………」
「ユフィ、姉様が………?」
「うん。ゼロに撃たれて、それが致命傷で………」
 助からなかった。
 間に合わなかった。
 頭を垂れる彼を前に、なんと言うべきか決めあぐねる様子のナナリーだったが、先を促すように沈黙を守った。
「僕は、憎んだ。ゼロを。彼さえいなければ、こんなことにはならなかった。ゼロが、全て悪いんだ」
 そう。ゼロさえいなければ、黒の騎士団なんてなければ。
 少なくとも、世界はルールに守られた平和だった。
「………僕は、ゼロを殺した」
 憎しみに支配されて。大切な人を殺されて。
 それは、ルールに外れた行為であるかもしれないけれど。
 同時に、正しい行いでもあったはずだ。
 主を殺されて、憎まない騎士などいない。
 いたとすればそんな人間、騎士失格だ。
「スザクさん」
 ひたりと、真っ直ぐな声がかかる。
 ゆるく起こした顔は、やはり疲れたものだったが少女のほうはどこか毅然とした態度でいた。
「二つ、間違いがあります」
「え………」
「エリア11は、平和ではありませんでした。ゲットーの人々は、租界のそれとは比べ物にならないくらい、生活が苦しかった。支配するだけの国で、平和なんてありえません」
「それは……」
「ゼロがいなくても、いつか暴動は起きたでしょう。もしかしたら、それはすぐに鎮圧されるようなものかもしれないけれど、けれど確かに起きたはずです」
 レジスタンス活動が止まないのが、良い証拠だと。
 ナナリーは、冷静な言葉で紡ぐ。
「憎んで、良いんです。きっとお兄様も、同じことを仰います。ゼロを殺したのは、ユフィ姉様を殺されたため、なのですよね」
「………うん」
「好きなだけ、憎んで、恨んで、嫌って、構わないんです。だってそれだけのことを、お兄様はなさったのですから」
「………ナナ、リー?」
 今、なんと言った。この少女は。
「知っています。お兄様が、なにをしたのか。どうして、ユフィ姉様を殺すことをしたのかは、教えてもらえませんでしたけれど」
「教えて、って、誰が」
「それは、今は関係ありませんよ。スザクさん。だから、憎んで、恨んで、嫌って。お兄様を、悪だとお思いになって、構いません」
 それが人を殺す力に繋がったなら。
 望みは叶ったのでしょう? 春の日差しのように、穏やかな声で首を傾けるナナリーを前に。
 けれど、スザクは動けなかった。
「だから」
 彼女から発せられる空気が、余りにも冷ややかで。
 それに気付かなかった自分の愚かさを、今になって思い知って。
「私も貴方を憎んで、恨んで、嫌います。けれど、私にはあなたを殺すことは出来ないから。ずっとずっと、憎みます。たとえお兄様がユフィ姉様を殺した犯人だろうと、ゼロだろうと、たくさんの人を殺した人間だろうと。 ―――私には、ただのお兄様だったのですから」
 ただ優しい、兄だった。
 全てのことから守ってくれて。
 いつも温かく抱きしめてくれて。
 いつだって、慈しんでくれた。
 ただ優しい、兄でしかなかったのだから。
 その、兄を殺されたのだから。
「だからあなたを恨みます。だからあなたを憎みます。だからあなたを嫌悪して、そしてあなたを憎悪します。おかしな話ではないでしょう? ユフィ姉様を殺されたスザクさんが、お兄様に対して抱かれていた感情と同じなんですから」
 ようやくスザクは知る。
 自分がなにを、したのかを。
「この世界が平和になるように、願っていました。祈っていました。望んでいました。でもそれは、私にとってお兄様がいてくださればこそ。お兄様と手をとれてこそ」
「…………あ、」
「もう平和なんて、いりません。しりません、欲しくありません。私は日本が欲しい。ブリタニアの崩壊が欲しい。お兄様の望みが私の望み」
 叶えられなかった兄の願いは、私がかなえます。
 ええ、どんな手段を用いても。
「ナナリー・ヴィ・ブリタニアの名の下に、私は世界を手に入れます」
 そしてやさしいせかいを造るんです。
 お兄様が望まれた通りに。
 愕然としたままのスザクの前に、メイド服の上から黒の騎士団の団服を着用した咲世子ともう一人が入ってくる。
「………カレン」
「なに」
「ナナリー、に、なにをさせる気だ………」
「させるんじゃなくて、これはナナリーの意思よ。ゼロの意思でもないわ」
 紅の瞳に映るのは、憎悪。
 耐え切れぬように、振り切るように、スザクは炎のような紅い髪から、淡いミルクティ色の少女へと眼を移す。
 発せられる声音は、どこか懇願が含まれていた。
「ねぇ、ねぇ。やめよう。ナナリー、そんなところ、似合わないよ。黒い服なんて、似合わないよ」
「おかしなスザクさん。私に、お兄様の喪服を着ることさえ赦さないと仰るのですか?」
 震える声とは、対照的な笑顔でナナリーは答える。
 背後からそっと、小さな黒の騎士団のジャケットを肩にかけられた。
 それに対し、短い礼を少女はかける。
「では、また」
 今度は戦場でお逢いしましょう。
 殺されたって、四肢をもぎ取られたって。
 あなたへの憎悪は、変わらないから。
 動けぬ少年へ与えられる慈悲なぞ、既にこの世からは尽きていた。




***
 枢木さん絶望計画そのよん。いい加減しつこいと思いつつ、書いてたらものすごく楽しかったです。(うわぁ
 ナナリーに全ての事情を教えたのはC.C.様です。騎士団に行っても、最早彼女はいませんが。
 ルルのことだから、自分が殺されたらどうなるかわかっていたから今後をスザクに託そうとしたのですが、計算外勃発しまくり。と。





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