事実証明




 ゼロの死体が回収され、アヴァロンに一端収容されたのは総督府はほぼ壊滅状態で彼の死体を晒すにせよなんにせよ、一時的な保存が必要だったからだ。
 スザク自身に興味はなかったが、仮面の下を最期まで彼は見ることが無かったのを知っていた上司に引っ張りだされたためである。
 若い、という言葉に血気にはやった人間か、と、主を殺した人間の顔を嫌々覗き込み。
 その姿を見たとき、瞬間的に身体の全てが凍りついた。
 ユーフェミアの時は、泣き崩れそうになり発狂しかけ憎悪で理性を無理矢理繋いだ。
 今は憎む対象もいないせいだろうか。
 ショックというにはあまりに激しい衝動に、目の前が暗い。
「ふぅ〜ん。これがゼロぉ」
 ロイドはしげしげと、眺めやった。
 黒い髪、細い面、細い肢体。
 年の頃はスザクと同じほどだろう。
 今は伏せられた瞼の奥は、紫だという。
 片方は、赤が強いという報告を受けていたからオッドアイかと楽しみにしていたのに、既に抉り取られていた。
 だれがしたかは知らないが、面白いものが見られるかもと期待していただけにつまらないのは事実だ。
「どしたの? 枢木少佐」
 あれ? 騎士を除名されたから、また准尉で良いんだっけ?
 デリカシーという言葉を生まれてはじめに捨てたような男が、暢気な様子で問い掛ける。
 彼の顔からは血の気が引いていたが、構うことはなかった。
 幸い、セシルはシュナイゼルへの報告もあってこの場にいない。
 ロイドがスザクといるのは、生粋の技術屋であるロイドは今の混迷を極める状況下では役に立つことがあまりないためである。
 都市計画に参入でもしていればまた話は違うのだろうが、彼は完全なKMFの専門家でありそれ以外はない。
「………どうして」
「枢木准尉?」
「どうして、君が」
 知り合い? 問い掛ける声も、スザクの耳には届いていないようだった。
 ゼロの衣装は、胸に穴が開いている。
 それには見覚えがあった。当然だ、自分が撃ったのだから。
「どうして」
 どうして、君がここに寝ているの。
 ナナリーと一緒に、クラブハウスにいるんじゃないの。
 これから一緒に、平和になった世界で笑ってくれているんじゃないの。
 どうして、君がここにいるの。
 ここは戦場だよ。
 ここは戦場なんだよ。
 君が戦場にいるなんて、聞いていない。
 君は平穏なところにいなくちゃいけないんだ。
 君は平穏なところで笑っていてくれなくちゃいけないんだ。
 そうでなければ、僕は、俺が、したことは。
「照合、取れました。やはりそのようです」
 エア・ドアの圧縮音を最低限響かせて、セシルが室内に戻ってきた。
 けれどピクリとも動かないスザクに、彼女が上官を見やる。
 ロイドは首を横に振って、報告を促した。
「DNA鑑定から、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下であることが確定されました。シュナイゼル殿下には報告いたしますが、この件は一般には伏せるようです」
「ま、妥当だねぇ。イレヴンに知られたら、もっと暴動が悪化するし、ブリタニア軍の士気にだって関わってくる。あの人はなんて?」
「ちゃんとシュナイゼル宰相閣下、もしくは殿下、と呼んでください。怒られますよ。―――、エリア3とEUとの会合が終了し次第、此方に向かわれる、とのことです」
「本国に戻るの?」
「いえ、直接エリア11に。コーネリア総督の正規軍の被害も甚大ですし、総督閣下以上の指導力となりますと難しいですから」
「やっぱり妥当、ってとこかなぁ」
「それで、スザク君との関係なんですけど……」
「ああ〜。知ってる知ってる。確か、枢木前首相のところに、ブリタニアの皇族が送られたことあったの、ちらっと覚えてるから。それ関係?」
「はい。アッシュフォード家への事情聴取は、どうなさいますか?」
「一応婚約者権限で、僕が受けるよ。スザク君の上官でもあるし、一気に受けられるように取り計らってくれる?」
「恐らく出来ると思いますが……。庇う、おつもりですか」
「ここで駄目になられちゃったら、ランスロットが可哀相でしょぉ? 僕のランスロットは、たかがエリアひとつ潰すためのちゃちい玩具じゃないんだから」
 そのための努力はしてあげる、というロイドに、セシルは心底からため息をついた。
 アッシュフォード、ひいては婚約者であるミレイ・アッシュフォードや、部下を守るためかと思えばこれだ。
 概念でしか性別を理解していないという発言は、強ち嘘ではないのかもしれない。
「………」
「スザク、君。あの、」
「どうして………」
 セシルが恐る恐るといった様子で声をかけたが、彼に聞く体勢は整っていないようだった。
 白皙の美貌を前に、呆然とした態度のままだ。
 それをいい加減、重く感じたのだろう。ロイドがあからさまな嘆息をつくと、極めて明るい声で言った。
「そぉ〜んなの、当たり前でしょお? 銃で心臓撃たれたら普通死ぬよ。君が撃ったんだろう? ゼロを」
 そう報告してきたよねぇ? 枢木准尉?
 固まっていたスザクの顔が、ぎくしゃくとロイドの方を向く。
「君が殺したから、ゼロが死んだ。ゼロは君のお友達だった。君が殺したから、彼が此処に居る。君が殺したから、君のお友達、えーっと、ルルーシュ殿下? は死んだ。それだけのことでしょお?」
 今更なにを、と、ロイドは笑う。
 咎める声をかけられたけれど、だって事実じゃない。と唇を尖らせる。
 確かにそうかもしれないけれど、という副官の言葉は、言われたスザク本人に遮られた。
 ひどく、震えた声音でもって。
「僕、は、俺は。もう、大事な人を亡くしたく、なくて。ユフィも、助からなくて。だからせめて、ルル達だけは、って………、だって俺達は、七年来の友達だったんだ」
「君さぁ、友達だったら、なんでもかんでも赦せるの?」
「あ、当たり前です。だって、友達なんですよ?!」
「じゃあ、なんでこの子がゼロだったことは赦せなかったの?」
「………それ、は」
「矛盾してる。矛盾してるよぉ、枢木准尉! 彼が、ゼロだったのを知らなかったから?」
「………」
「あのさーぁ? 軍人なんだから、友達だろうと親戚縁者だろうと同胞だろうとクラスメイトだろうと、殺す覚悟を決めて戦場に立ってくんなきゃ、こっちが困るのわかる? 枢木准尉。死なれちゃ困るんだよ。そこらへん、ちゃんとわかってるぅ?」
「そんなの、当然。覚悟、なんて。とっくに、決めて」
「決まってなかったじゃなぁい。ゼロだと知って、動揺してるでしょ? 怯えてるでしょ? どうして、って、思っちゃってるでしょ? 覚悟が出来てないしょーおーこぉーーーーーー。とりあえずマルフタマルマルから、黒の騎士団の掃討作戦だからそれまでに持ち直しといてね。 今のメンタルポジションで、ランスロットが調子よく動くかどうか分からないのは困るしぃ」
 なにより君、ランスロットのデヴァイサーなんだから。
 それ以外の彼になど、興味がないというようにロイドは小首を傾げた。
「殺したのは君。それが事実なんだよ?」


 憎悪をもって、殺したはずだった。

 自分は正しい、殺人をしたはずだった。

 ルールに外れていたけれど。

 憎悪を伴っていたけれど。

 ゼロさえ殺せば、またいつも通りの日常が戻ってくるはずだった。


 なのに。




―――これはなんだ。




***
 枢木さん絶望計画そのさん。
 ロイドさんは、理屈で教えてくれると思います。
 もっとも、 単純な三段論法ですが。(枢木さんがゼロを殺した、ゼロは七年来の友人だった、七年来の友人は枢木さんに殺された。)
 憎悪を込めようが、ルールのためだろうが、人を殺せば人殺し。そこに例外なんて、あってたまるか。





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