月が出でても、




 嗚呼、星が見えないわ。
 どこに隠れてしまったの。


 コーネリアがその場に着いた時。
 全ては終わっていた。
 終わっていた。
 間に合わなかった。
 彼女は、間に合わなかった。
 周囲は血塗れ。
 けれど、哀しいかな軍人として長く戦場にいた彼女は、KMFもさることながら白兵戦にも優れていた。
 銃を手に、ゲリラ戦を行ったこともある。
 あまりにも其処には、慣れてしまった血と死の空気が漂っていた。
 彼女が何を以ってしても、妹に近づけたくはなかったものがそこにはあった。
 眩暈を感じ、額に手を当てる。
 己の騎士が肩を支えてくれたけれど、今のコーネリアにはそれさえも気になるものではなかった。
「ユフィー………」
 空ろな声が、勝手に唇から滑り落ちた。
 そこは全て終わった舞台の上。
 観客は死体。
 出演者は間に合わないで。
 終わった、舞台の上。
「ユ、フィ………」
 倒れていた。
 愛しい妹は。
 大切な妹は。
 なにを以ってしても、守りたかった妹は。
 仰向けになって、空を仰いで。
 死んでいた。
「………!」
 声にならない、駆け寄って、触れたって、彼女は妙な硬直をしているだけだ。
 瞼は伏せられ、手は胸の前に組まれていたが彼女は笑っていた。
 妹の騎士を探す。
 これはなんだこれはなんだこれはなんだ!!
 この惨状は一体なんだというのだ!!
 思考は散乱し、片付いてはくれない。
「コーネリア様!」
「ギルフォード……、ギルフォード。これは、なんの冗談だ」
 支えようとするその手に、縋るなどと皇女としてあってはならぬはずなのに。
 最早彼女には、自身を支えるだけの力はなかった。
 あるのは、現実から逃避したいと願うくせに赦されぬことを知っている理性ばかり。
 これはなんの、冗談だというのか。
「コーネリア」
「………ゼ、ロ………」
 カツ、という足音を立てて現れたのが黒の仮面に全てを押し隠した姿。
 ギルフォードが殺気立つが、腕の中のコーネリアを離せないのだろう。
 鋭い視線を向けていた。
 彼らが何かを言う前に、厳かな様子でゼロは口を開いた。
「『星が見えないわ』」
「なにを………」
「『あの日、ルルーシュとナナリーと見たはずなのに。ブリタニアの空とここの空は違うのかしら』」
「なにを、言って………」
「『嗚呼、でも、空は綺麗ね』」
―――ルルーシュ。
 コーネリアが瞠目する。
 それがなにを意味するのか、わかって。
「お前………! お前、ユフィになにをした!!」
 大股で近づき、掴み掛かる彼女に、けれどゼロは抵抗しない。
「あの子はこんなことをすることなど、出来はしない! 出来ないんだ! こんな、こんなこと!!」
「知っています」
「ならば、何故!」
 黙り込むゼロに、答えろと、鋭い言葉。
 既に彼女は、この男の正体がわかっている。
 皇位を捨てでも、信頼に値すると言い切った理由がやっとわかった。
 此方の弱点ともいうべきユーフェミアを、大切にしていることをコーネリアが知っていた理由もわかった。
 交流があったのだから、当然だ。
「お前を慕っていたんだぞ!」
「………ありがたく、思っていました」
「ルルーシュ!!」
「………」
「なにをした、あの子に………」
 崩れそうになりながらも、それでも崩れられないのは矜持の高さゆえか。
 それとも崩れれば、そこで終わると知っているからか。
「背負います。殺したのは俺だ」
「………ユフィに、なんてことを………」
 きれいな妹。
 かわいらしい妹。
 いとしい妹。
 たいせつな妹。
 どれほど彼女のためにならぬとわかっていても、それでもコーネリアは全ての穢いことから遠ざけたかった。
 汚れ役は全て引き受けるから、微笑んでいて欲しかった。
 仕合せでいてほしかった。幸福になって欲しかった。
 穢れないままで、いて欲しかった。
「コーネリア」
「………お前を殺したいのに。笑っているんだ、ユフィが。安心しているんだ。見ればわかる。わたしは、おねえちゃんだったのだから」
 なんでお前は笑っているんだ。殺されたのだろう。痛かったし苦しかったはずだ。
 なのになんで。
 なんでお前は、笑っている。ユフィ。
「見逃してやる。五分だけ」
「コーネリア様!」
「黙れギルフォード。下種のテロリストを追い、我が妹を。副総督をこのままにしておけと言うか」
「いえ……。ですが」
「ならば、貴方が追え。ギルバート・G・P・ギルフォード」
 言われても、彼は動けない。
 今、彼女を失えばそれこそエリア11は立ち行かなくなる。
 なんとしても、それだけは避けなければならない。そして、コーネリアの全速力に追いつけたのはギルフォードだけだ。
 後続部隊が来るまで、時間がかかる。
 苦々しく思いつつも、それでもギルフォードは主の傍を離れられなかった。
「………ユフィの、騎士はどうした。柩木スザクは……」
「両手足と胴にそれぞれ五発以上喰らって、失血と衝撃で昏倒したのを収容された。あの空中戦艦だ」
「そうか。あれは、兄上の艦だ。直属の部署に保護されているならば、其れも良かろう」
 疲れ切った様子だった。
 双方、互いに。
 しばらく沈黙していたが、耐えられなくなったようにゼロは。否、ルルーシュは、踵を返した。
 追えば、殺せる。
 けれど矢張りコーネリアも、ギルフォードも、追うことも銃口を向けることもしなかった。
 いや、出来なかった。
「ギルフォード。我が騎士、ギルフォード」
 空ろの呟きが漏れ、彼女は空を仰ぐ。
 昼間なのだから当然だ。
 そこに星は無い。
 彼女が見たがっていた、星は無い。
 昼間の青空が広がるばかり。
「あのこもこの空を仰いで逝ったのだな」


 地に反して、なんと空の青く美しいこと。



***
 前にも似たようなの書いたと思いつつ。元ネタブララグです。へんぜるとぐれーてるのアレ。
 リア姉様と、ゼロというかルル。
 殺す! ってなるか、それとも茫然自失となるか。どちらもありえると思います。





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