既に彼女はいない




 彼女は走っていた。
 溌剌とした笑顔で。
 義兄が持っていた銃を手に。
 たったったったった! 冷たい床を、足音が叩く。
 息は乱れない。
 今ならば、なにをするべきかわかっている。
 認められない? かまわない! だって自分は正しいのだ!
 盲目的な信頼。
 それが何故かなど、疑うことをするはずもない。
 正しい、から、正しいのだ。
 笑顔で少女は走っていく。
 思えば、姉は常に正しくて真っ直ぐ前を向いていて。
 それを羨ましく思ったことが、一度でもないと言えるだろうか?
 ふわふわと微笑んでいれば、それで優しい皇女様よ、天使のような微笑よ、と、讃えられた。
 けれど彼女は知っている。
 本当の慈愛がどういったものなのか。
 本当に優しいひととは、どういったものなのか。
 彼女自身は知っていた。
 自分がどこか歪な飾り物だということを、認識していた。
 けれど、手放されることが惜しかったのもまた事実。
 背中を押して貰うようなことがないこともまた、真実だった。
 でも今はもう違う。
 手放されることを惜しがったわけではない――だって私は殺したくない。
 背を押されたわけではない――だって本当は望んでいない。
 でもしなければならないという義務感が、強く強く彼女を押して行く。
 わかったわ、わかっているわ、ちゃんとするわだから!!
 暗い道が、明るくなる。
 彼女は笑顔だ。
 空ろな笑顔だ。
 その瞳には、なにも宿っていない。
 彼女本来の、無知ゆえの無垢さを宿した優しさもなにも。
「日本人の皆さん!」
 語りかける声は、溌剌としたもの。
 明るく、元気で。
 それは、もしかしたら普段の自分とはかけ離れた存在だったかもしれない。
 だが、語りかけるのは自分だ。
 これから行うのは、―――はて、誰の意思だろう。
 そんなこと関係ないか!
 笑顔で、彼女は語りかける。
 それが何故かなんて、彼女は思わない。思うこともしない。
 彼女を占めているものは唯一つ。
 日本人を殺さなきゃ。
 義務感よりもよく馴染んだ思考が、彼女を埋め尽くしている。



「死んでください!」



 嗚呼、なんて晴天の美しさか。



***
 真面目にダメージ受けたのに書いてみる。マゾか自分。と貶めてみる。
 いやでも本当に………。勘弁してくださいorz





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