毀れた音




「いこう、ナナリー」

 ねぇ

 そのふるえていたてをとるべきは

 ほんとうはわたしではないことを

 わたしはしっていました

 けれどあなたのてをとるひとは

 もはやとおくはなれてしまって

 とりかえしなど つかないのです

「はい、お兄様」


 ねぇ




 まんぞくですか?




 スザクが生徒会室に入った時、そこにいたのがリヴァルとシャーリーだけだったのは、ある意味で彼にとって救いだったかもしれない。
 忙しくなってきた軍務を抜け出し、本来ならば辞める必要のある学園に、それでも通うのは彼の幼馴染の存在も大きい。
 だから、授業は全て終わってしまってもここならば会えるだろうと揚々とした気分で扉を開いた。
「お、ひっさしぶりじゃ〜ん! スザク!」
「ホントだ。忙しい? 最近」
「色々あって。ごめんね、全然出ないで」
「かまわないって!」
 リヴァルが明るく笑う中、きょろりと周囲を見回す。
 けれど、そこに探す姿は無い。
 首を傾けているスザクを不思議に思ったのか、シャーリーが問いかけた。
「ねぇ、ルルーシュは? またさぼり? しょうがないな」
 何故普通の学生のはずの彼が、軍務で抜けてばかりの自分と同じくらい出席していないのだろうと肩を竦めていれば、リヴァルは眼を瞬いた。
「え? 知らねぇの? お前」
「なにが?」
「学校を辞めるんです。私達」
 声音は、穏やかに甘く優しい第三者のもの。
 ミレイを伴い、カレンにに車椅子を押されながら、ナナリーが微笑んだ。
「辞める、って、退学………? ………どうして!」
「姉様にも、居場所がわかってしまいましたし。これ以上、ここにいるわけには参りません」
 なにしろ居住場所自体が、アッシュフォード家の管轄内だ。
 マリアンヌの後見もしていた家が、その子供を知らぬわけがない。
 知らずに援助していた、など、ブリタニアに通るはずも無い。
 貴族位が剥奪された今でも、没収される財産はある。そこまで彼らに迷惑をかけることなど、出来ようはずもない。
「満足ですか」
「………え」
「満足ですか。私達の居場所を奪って」
「そ、そんな………」
「はい。無意識だったことは、知っています。知らなかったことも、知っています。では、お尋ねします」
 知らなければ、なにをしても赦されますか。
 見えぬはずの瞳が、まっすぐこちらを射抜いているようで。
 スザクは、後方へ蹈鞴を踏んだ。
「ユフィ姉様を選んだ。それは、スザクさんの自由です。いくら私達が願ったり、望んだりしたところで、強制させるつもりは露ほどにもありません」
 それでも。
「あなたは、私達の日常を壊した、平穏を崩した、生活を崩壊させた。お兄様を―――悲しませた」
「僕は!」
「聞く耳もちたく、ありません」
 にっこりと。
 まるで天使のような笑顔で、ナナリーは切り捨てた。
「スザクさんの自由です。私達が、あなたに夢を見ていただけ。いってらっしゃいの後には、ただいまがあると。あなたにおかえりなさい、と言うことが出来ると、勝手に信じていただけ」
 だから裏切りじゃない。
 どれだけお兄様がブリタニア本国を嫌っていたと知っていても、別に裏切ったわけではない。
「知っています、わかっています。でも、赦せないこともあるんです」
 だからさようなら。ユフィ姉様の騎士様。
 カレンを促して、ナナリーは生徒会室から出ようとする。
 追いかけよう。一瞬の反射で思ったけれど、それは開かれた扉をふさぐようにして上げられたミレイの足に遮られた。
「ちょいと僕ちゃん、どこいくの」
「会長さん! どいてください!!」
「なんで?」
「ナナリーを追いかけないと!」
「どうして?」
「どうして、って………!」
「何故、ユーフェミア皇女殿下を選んだ貴方が、ナナリー様を追いかけるの?」
「………!!」
 彼らの素性を、知って。
 息を呑むスザクに、ミレイの鋭い視線が突き刺さる。
「人の手はね、二本しかないの。でもね、騎士って、片手で叶うことかしら? そんな中途半端な、ものかしら?」
 だから両手を使わなければいけないの。
 だから、ほかの事は全て手から離さなければならないものなの。
 それくらい、覚悟が必要なものなの。
「あなたが望んだことよ、柩木スザク君? ユーフェミア様の言葉が確かに実行されるなら、貴方はブリタニアの用意した正しいルールの中で得られるものがあるでしょう。優しい、主もいるでしょう」
「だからって、僕は………!」
「なにが大切かも、わからなかったの?」
 言葉が突き刺さる。
 なにが大切か。
 なにを求めていたのか。
「あなたの未来にかけるがいいわ、柩木スザク。過去はもう、貴方が手放し捨ててしまったのだから」
 積み重ねてきた大切なものを、意識無意識知らないけれど捨てたのだから。
 この先、未来に、大切なものが得られるといいわね。
 冷ややかな声音を吐いて、ミレイは振り上げたままの足でスザクを蹴り飛ばした。
 条件反応的に受身をとってはいたけれど、呆然とした色は少年からは消えていなかった。



***
 欲しいものは全て手に入れて、本当に大切なものを失った。
 とは、某少女漫画にあった言葉なのですが。
 スザクに待ち受けているのが、こういう展開なのを望みます。お前ら一度はなんか失ってみろ。(素が出てる素が出てる)





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