カウントダウン・スタート




 シーツを変えていた咲世子に、優しく揺れる声がかかる。
 振り向けば、幼くも凛とした女主人でもあるナナリーの姿。
 どうしたのか問いかければ、お願いがあるんです。そう、言われた。
 ひどく驚いたのを、彼女は覚えている。
 なぜなら、この兄妹は揃って他人に甘えるのがとても下手だったから。
 甘やかす大人がいたのが、ごく短い期間であったためだというけれど、それ以上にも思われた。
 その理論でいくならば、持つ愛情全てといっても過言では無いほどの愛を注がれてきたナナリーが、甘えることを苦手とするのは可笑しい。
 だからやはり、彼ら兄妹は甘えるのがとても下手で、とても苦手なのだろうと思っていた。
 そんな彼女からの、お願い事。
 咲世子は、迷わずに何かと問いかけた。
 自分を、イレヴンというナンバーズではなく、日本人として扱ってくれる、優しい兄弟の手伝いを、少しでも、したくて。

 紅茶のカップをそっと手にしながら、ナナリーは意を決して口を開いた。
 彼女自身、それがどれ程のことになるかわかっている。
 けれども口にしなければ、はじまらないのもわかっていた。
 動き出さなければ、状況は動かない。
「とても」
 震えた声音は、明らかな動揺。
 失敗したと、思ったのだろう。口をつぐみ、再度、開いた。
 愛らしい口元から漏れる、覚悟の声音。
「とても、身勝手なお願いです」
 そんな切り出し方だった。
「身勝手で、我侭で、呆れていただいて、かまいません」
 それでも、と、続いた声音に、咲世子は微笑む。
 見えないけれども、空気を敏感に感じ取り、ナナリーは肩から力を抜いた。
「黒の騎士団に、入ることは叶いますか」
「………それは、私が、ということですか」
「はい。咲世子さんは、黒の騎士団に入ることが、出来ますか」
 問われて、どうだろう。と自問した。
 雇用形態としては、ブリタニア人に雇われていることになっている。
 待遇は悪くないことを、少なくとも周辺の人間ならば知っているだろう。そうなれば、体制をひっくり返そうという黒の騎士団たちとは思想的にも状況的にも合わないことになる。
 素直に、わかりません、と返した。
 日本人という面では差別されないだろうが、現状租界で平然と歩ける彼女はこのままでも良いはずなのに、という眼で見られかねない。
「では、入団できるかどうかは別として、咲世子さんは黒の騎士団を如何思われますか」
「………、似ていらっしゃいますね。ルルーシュ様の願いと」
 弱者に優しい世界。
 そこに一切の隔ては無いとして、日本もブリタニアも関係ないとして、牙を向けることを厭わない組織。
 短く、同意の声がナナリーから漏れた。
「私、お願いをしたんです」
 細い指先が震えている。
 幾度も撫でられているのは、薬指だった。
「お願いをしたんです。欲しいものはないか、って、聞かれた時に」

 やさしいせかいをください と。

「誰もが笑える国が、欲しかった。そんな世界で、いて欲しくて」
 だから、願った。
 他愛も無い、切実な祈りは、形の無い御伽噺で終わるはずだった。
 そんな力、彼らにはないはずだった。
 けれども何故か、兄はそれを手に入れてしまった。
 黒の騎士団という、名前を伴って。
「無茶を言っています。ひどいことを、言いました。私、なにもしようとしなかったのに。お兄様に、押し付けてばかりなのに」
 あの方は、何も言わずに叶えようとしてくださっている。
 嬉しいけれど切なくて、悲しいけれど胸が打ち震えて。
 もう、どうしていいのかわからない。
「立てたら、お兄様のお手伝い出来ますか。眼が見えたら、お兄様のお手伝い、出来ますか。歩けたら、お兄様のお手伝い出来ますか。なにが出来たら、お兄様のお手伝い出来るでしょうか」
 出来たらと思う。
 出来たらと願う。
 でも、同時に怖さも付きまとう。
 母の死に顔を、思い出したくないのも本心だった。
「わたし、わがままです。なにもできないくせに、わがままばかり、おねがいばかり。出来ること、それでもさがしたくて。こんなむちゃくちゃ、お願いするほうが無茶苦茶だって、わかっています」
 それでも、それでも、それでも。
 なにか出来ないかと探して。
 なにか出来ないかと考えて。
 考えた結果が、咲世子に協力を仰ぐことだった。
 ごめんなさい、と、ナナリーが震える声音で零す。
「ごめんなさい。わたし、咲世子さんに、ひどいことを言っています。危険なことってわかっているのに、知っているのにその上でして下さいって、いっています。ごめんなさい、でも」
「ナナリー様」
 震える謝罪を、咲世子は遮った。
 微笑んで、その手に自分の水仕事で痛む手を重ねる。
 少女の手は、握り締めすぎていて冷たくなっていった。
 そっとそっと、包んで暖める。
「ありがとう御座います。頼っていただいて」
 彼女の胸にあるのは、誇りだ。
 甘えるのが下手で、苦手な少女が。
 どうしようと考えて考えて考えて、辿り着いたのが、自分だという。誇り。
 頼られるという、誇り。
「もう少しだけ、待ちたいんです。わたしが動けば、きっとお兄様は心配されるから。スザクさんが、軍をお辞めになってお兄様のお手伝いをしてくれるなら、それ以上幸福なことはないから」
 だから、もう少しだけ待ちたいんです。
「でも、もしも駄目なら。スザクさんが、お兄様ではない方を選ばれたら」
 私達以外を、選ぶとしたら。
「味方になってくださいますか。お兄様の」
 まっすぐに注がれる、優しい空気に、咲世子は微笑んだ。
 答えは決まっている。
「えぇ。勿論です、ナナリー様」
 言葉に、花がほころぶように笑った。
 眼の端に涙を浮かべて。
 最善は、彼らの幼馴染がこの兄妹を選んでくれること。
 それまでは、静かに現状を見守っていようと、二人は約束した。
 祈るような願いだった。



*** 
 そこで貴方が動きますか………! という感じだったので、つい。
 ナナリーは、自分で動くにはハンディが多すぎると思うので。せめて咲世子さんを、という感じで。
 公式で彼女の入団が出る前に………!!





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