青を通り越して白い顔で帰ってきた主の存在を、真っ先に気づいたのがロイドだった。 扉を潜る前から察知し、けれど玄関口までしか迎えに出なかったのは偏にルルーシュの矜持を守るためだろう。 目の前の、道化の様をそれでも崩さない男を前に、微笑んだ。 故に、ロイドも微笑み返した。 おかえりなさい、はなかった。 ただいまが、なかったから。 殺気、というには、鋭く冷気がこもり過ぎている。 怒気を孕まぬ、純粋な殺意とはかくも冷ややかなものなのか。 喉を鳴らして、シュナイゼルは笑っていた。 入室の許可は既に出してある。 己の騎士達も、誰もいない現状。それでも余裕なのは、彼らの可愛そうなほどの頭の良さがゆえだ。 ノックの音も丁寧に立てられれば、唯開いているよ、とだけ返した。 入室の言葉をこれもまた慇懃に吐いて、目の前に現れるのが常と変わらぬ見知った姿。 常と違って、殺気を立ち上らせる姿はあまりにも滑稽で、シュナイゼルは笑みを深めるしか出来ない。 「ルルーシュの具合はどうかな、ロイド」 あえて、彼の主の名前を呼べば、お休みになられていますよぉ、という端的な声だけかけられる。 余裕の無さを、あえて潰すように常通りの対応。 それが逆に彼の余裕の無さを示すようで、やはり滑稽。 「アレには、酷なことをやらせてしまったかな」 私は酷い兄だね。 悲しそうに言うけれど、口の端には笑みが宿り、また、瞳に憐憫など欠片も無い。 本心からの言葉でなかろうと、吐けるのは皇族の特技だ。 出来ないものは、脱落していくに違いない。 「えぇ、本当にぃ」 「けれどそれも、我がブリタニアのためだ」 「我が君も、それはご承知のはずですよぉ」 どうぞお気遣いなくぅ。 丁寧に礼をして、それから接近してくる。 毛足の長い絨毯が、足音を殺す。 机を挟んで、互いに見詰め合う。笑みが双方からこぼれたが、それはぞっとするほど温度の無いものだ。 見ている者が、思わず己の身を抱かずにはおれないような。 「なんで我が君にばっかり、穢れ仕事押し付けるかなぁ、君は」 「アレが一番そういったことにまで理解があり、立場をわきまえているからね」 「あのさ。我が君のお母上が、お亡くなりになられたのは他皇妃達からの謀殺でしょ。なにあの方が一番厭うこと押し付けるのさ。我が君の能力なら、他にいくらでも使い道あるよねぇ」 政治、軍略、文化。 そのどれらにも、彼は出しゃばり過ぎることなく活躍することが出来る。 ルルーシュは、自分の立場をよくわきまえていた。 だから、何れかの分野に立とうというよりも、そのトップ達の補佐官的役割に必要なスキルを身につけている。 だというのに。 「嫌ならば断ってくれても、一向にかまわないよ」 「君からの言葉に反抗したら、それだけでもう国家反逆罪に問われることになるじゃない。お優しい我が君に漬け込んでさぁ」 嗚呼、最悪。 吐き捨てるような台詞に、けれど痛痒など感じさせぬようにシュナイゼルはあくまでも柔らかい笑みを零すばかり。 「今の言い方は、ラクシャータに似ているな。やはり、仲が良いようだ」 「やめてくれるぅ? あんな女と一緒にするの。能力は認めても、僕と彼女が一緒にいるのは我らが主人のためだけなの」 「嫌い嫌いも、というだろう」 「嫌いに嫌いを重ねたって、嫌いなだけだよ」 瞳も逸らさずに、応酬が続いていたが。 不意に、阿呆らしいとロイドが離れた。 「ルルーシュは今どうしている?」 「お休み中。僕特製の睡眠薬盛ったし、夢もみないでしょ」 「それはそれは」 主に似たかと、低く押し殺した笑い声を、冷ややかなアイスブルーが貫いた。 「ねーえ、シュナイゼル」 「なにかな?」 「あまり、見縊るなよ」 周囲の生活雑音さえ、黙らせるような声音。 睥睨する瞳は、冗談など湛えていない、道化の仮面など、既に足元で踏み砕かれている。 「君がすればいい。穢い仕事も、綺麗な仕事も、褒められるべき仕事も。我らが主達に、余計なちょっかいはやめておくれ。シュナイゼル、わかっているはずだよ。僕らは爆弾だ。 それもとびっきりタチの悪い、ね。わかっているなら、触れないでおくのが一番だと思わないかい?」 「とびっきりタチが悪く、だが使い方を間違えなければ、とても利用価値の高い道具だろう? 使える道具を使わずに、錆び付かせておくのは勿体無いと思わないかい?」 沈黙が再度。 態とらしい嘆息の後には、ロイドはくるりと背を向けて扉へ向かい絨毯を蹂躙していた。 踏みしめる強さが、色の違いでよくわかる。 「君が嫌いだ。我が君を道具としてしか見ない、君が」 「残念だね。私はお前も、ルルーシュも、ナナリーも、他のあの子達の騎士達も。気に入っているのに」 余裕の態度を崩すことなく、シュナイゼルは笑顔でロイドの背を見送った。 直後に、蹴り壊さんばかりの勢いで今しがた彼が出て行った扉から派手な音が聞こえたけれど、当然びくともしない。 むしろそれを見咎めた侍女が、悲鳴を上げているようだった。 説教らしき甲高いくぐもった音を聞きながら、背もたれに体重を預けてシュナイゼルは口の端を吊り上げる。 ナナリーを押さえれば彼女の騎士達と、ルルーシュが。 ルルーシュを押さえれば、その騎士達が。 身動きが取れなくなる。それぞれが、人として余りあるほどに優しいから。 それは、この皇室にあって弱みでしかない。 弱みを知られれば、付け入られる。付け入られれば、退路を断たれる。退路を断たれた者に残されているのは、自滅かもしくは屈服だ。 ルルーシュは、後者を選んだ。 彼が愛している者たちを、守るために。 あいしている。 嗚呼、なんて愚かしい単語。滑稽な言葉、純粋な羅列。 最早純粋に、他者へ好感を持つなんて出来なくなって久しい男は。 そうしてずっと、微笑みながら嘲笑い続けていた。 *** 黒薔薇攻防戦、次兄編。黒薔薇攻防戦だからといって、皇族が優しくないのがナイン。です。当たりが激しいわけではなく、受け入れ態勢もばっちりで、優しくはあるが残酷。 えぇと、無能な貴族や皇族を切り捨てるための仕事を押し付けられているのがルル、ゆえに黒の皇子。と。 トラウマ刺激されまくり。でも、実際必要だと思います。暗部を担う人。わかっているから、ルルも禄に抵抗せずに受け入れています。首根っこ押さえられていますし。 何故そんな汚れ仕事をルルが、って、有能で一番地位が低いからです。……後ほど設定まとめたいと思います。嗚呼どんどん派生していく…。 |