機嫌良さそうに紡いでいる歌に気付いて、セシルが笑みを零した。 手元は休まらず、キィを叩き通しだ。 だが、それでも機嫌は良いのか躍るように指先が動いている。 「ロイドさん、スザク君、もう帰してしまって大丈夫ですか?」 「ん? ん〜、うん。だぁいじょぉぶぅ」 駄目なら深夜でも、叩き起こすし呼びつけるしぃ、とは、言わなかった。 流石のロイドも、命は惜しい。 そして、出来るのならば怖い思いも痛い思いもしたくない。 機嫌が良いのか、副官を見ぬままに手を振るった。 他の技術者達にも、もう今日はお終いだとセシルが指示を出している。 電気、消しますよ。 最低限の照明さえあれば、なにもロイドの研究は困らない。 とはいえ、真っ暗なドックに一人では、怖くないのだろうか。 思って、セシルは肩を竦めた。 違った、自分達にとっては一人でも、彼にとっては一人ではない。 ランスロットがいる。 真っ白い、騎士。 「それじゃあ、失礼しますね。ロイドさん」 声には、やはり気付いていないようだった。 子供のようだ。 ご機嫌に、鼻歌を歌って。 集中したら、それにかかりきりで。 まったく、子供のようだ。 思いながらも、セシルもつい、口ずさんでしまった。 間断なくキィタッチ音が響き渡る。 組まれていくプログラムは、別のウィンドウで見れば設計図であることがわかるだろう。 金属配分さえ自力でこなす男は、現在駆動部分に目の色を変えて取り組んでいる。 ああでもない、これのがいいかなぁ、ああああ、これなら! え、駄目なの? 独り言は、作業の友のようなものだ。 気にする人間もいない中で、ホット・ラインのコール音が響く。 知っている人間は、限られている。 えええ、あの性悪じゃないよねぇ、と、ノっていた指先から嫌々キーボードを離し、胸元から携帯端末を取り出した。 「はぁい?」 『遅くにすまないな。大丈夫か』 「我が君ぃ!!」 眼にいっそ星を飛ばす勢いで、歓喜の悲鳴がロイドから上がる。 「我が君からの連絡でしたら、いつだって大歓迎ですよぉ! 如何なさったんですか? こんな時間にぃ!!」 既に、深夜の二時を回っている。 大抵の人間ならば、寝に入る時間だろう。 テンションがどこまでも上がっていきそうなロイドに、ルルーシュは失笑を一つ落とした。 『スザクが、今日のお前はやけに機嫌が良いと言っていてな』 「へ? なーぁーんーでー柩木少佐が、我が君のお宅にいるんですかぁ!」 『お前が今日は早く帰してくれたから、寄ってみた。と言っていたが』 「あーあーあーあー。駄目だなぁ、騎士ってこと、わかってなぁいんだから」 『仕方ない。それともお前が、教えてやるか?』 騎士としての心得を。 言ってやれば、嫌ですよぉ、という笑いが返って来た。 「我が君ぃ?」 『なんでもない。ナナリーも寝ている、そちらには、行ってやれないからな』 「お優しいですねぇ、甘さは命取りなのに」 『わかっているさ』 それでも捨てられぬ甘さは、いっそ滑稽で。 嗚呼彼はヒトの子なのだと、思ってしまう。魔人の子でもあると、わかっているけれど。 主からの、サプライズ・ギフトとも呼ぶべき電話に、また気分が良くなってきて昼間からエンドレスで紡ぎ続けている鼻歌が勝手に漏れた。 しばらく沈黙のまま、ただ回線だけで繋がりあっていた二人であったが、ルルーシュが零した笑いによって会話が再開する。 「どうなさいましたぁ?」 『いや、だってお前、それ』 「え?」 『無意識か? マザーグースだろう? ハンプティ・ダンプティ落っこちた、って、お前。子供か、まったく』 指摘されて、今日ずっと歌い続けていたと、思い返す。 その間くすくすと笑い続けている声音がくすぐったくて、ロイドも相好を崩した。 彼から電話を貰ってから、崩れっぱなしだ、というのは、この際置いておいても構わないだろう。 「我が君、もう眠られますよねぇ?」 『流石にな。明日も、学校だし』 「じゃあ、このまま繋げていてくださいよぉ。そしたら、マザーグース歌っててあげますからぁ」 子守唄代わりに。 言えば、僅かの間の後やはり笑いを漏らした了承の言葉。 『おやすみ、ロイド』 「おやすみなさいませ、我が君」 衣擦れの音が、受話口から届く。 それを切除に、鼻歌は軽やかな謡声になった。 何時眠ったのかもしれないけれど、それは結局朝まで続いた。 *** さんまんひっとありがとうございます。 お持ち帰りはご自由にどうぞ。報告は任意です。 地味な皮肉入りです(にやり) 次は、プティングの歌でも良いかも、と思っています。 それだけが〜、設定ですので、裏切る前ですね。 |