誰だ? そう問うたのは、本当にわからなかったからだ。 ロイドという名前、伯爵という地位。 それに合致する人間は、一人心当たりがあったけれど。 薄藤色の髪、アイスブルーの瞳。 その色彩を持つ者を、確かに知っていたけれど。 だが、あんな風ではなかったはずだ。 問い掛ければ、上司、だという。 スザクの上司、上官。ということは、軍人。 軍人? いや、確かに、鍛えていたし、頭脳も昔から明晰だったけれど。 彼が軍属? 似合わない気がした。 ガチガチの軍規など、鼻で笑って蹴り飛ばすような性格だったから。 だから、本当にわからなかったのだ。 彼が、変わったなど。 こうまで、変わったなんて。 クラブハウスに来客がくることを、なんとはなしに予想していたためか咲世子さんに言っておいて正解だった。 時間は深夜というにはまだ浅く、夜というには深い十一時を回ったところ。 C.C.をどこに隠すか悩んでいたが、物のように扱うなという不満を呟いてさっさとどこかへ消えた。 リビングでピザを食べていたらはっ倒そうかと考えていたが、どうやらクラブハウス自体に気配がないようだった。 不意に、ドアノッカーの叩かれる音がした。 扉に手をかけて、開く。 「こぉんばんはぁ」 見慣れぬ、見慣れた、見知った、男が、恭しく礼をした体勢を崩さずに、そこにはいた。 「お久しぶりです、我が君」 「………」 「あれ? もしかして忘れちゃいました? 僕のこと」 「………」 「もう一度、名乗ったほうがよろしいですか?」 「………」 「我が君?」 「………ロイド」 「はぁい?」 「………」 「ルルーシュ殿下?」 「………。とりあえず、入れ」 扉を開け放したままでは、怪しすぎる。 言いながら、踵を返す。 困惑したように揺れた紫の瞳を、見逃さなかったけれども。 男はそのまま、彼に続きリビングへと向かった。 キッチンに立つという言葉に、慌てて自分がやると言ったけれど、彼はこの七年で随分と警戒心が強くなったらしい。 自分がやると言ってきかず、結局丁寧に紅茶を入れて戻ってきた。 「紅茶は久しぶりですねぇ。もうずうっと珈琲ばっかりだったから。マリアンヌ皇妃様直伝の淹れ方、マスターされましたぁ?」 「する前に、亡くなられた」 斜めに向かい合うと、多少の距離と紅茶の温かさで余裕が出来たのだろう。 落ち着いた様子だった。 「お前」 「はぁい?」 「本当に、ロイドか?」 「えぇ。シュナイゼル殿下の筆頭学友を勤めておりました、ロイド・アスプルンドです。アール・アスプルンドでもかまいませんよぉ?」 「継いだのか、結局」 「えぇ」 「それで軍人も? 忙しい男だな」 「だって。暇だったんですもん」 カチャリと、ティーソーサーにカップを置き、床に膝を着く。 動揺が、再度ルルーシュを襲ったけれど。 ロイドが構う素振りを見せることは、なかった。 「あなたが亡くなられたと聞いて。やることがなくなって。時間、沢山余っちゃって」 だから、爵位を継いで、士官学校に入って、軍属になってみて、適当に出世してみて。 気がついたら、一部署の、主任を任されるようになってました。 伏せられた面、声音からはなにかを察することは出来ない。 「あなたとナナリー様を探しだせなかったことを、深くお詫び申し上げます。我が君」 「………かまわない。戻るつもりがなかった。だから、戦争のどさくさに紛れてアッシュフォードに新しい戸籍を用意してもらって」 自分を殺して。 隠れ住むことにしていたから。 だからそれは、彼の責ではない。 「少し、驚いた。随分と、退廃的になったものだな」 「あっは。キャラ変わりました? 僕」 立て、紅茶が冷める。 其の言葉に、また席へと戻る男に、緩やかな声。 「纏う空気が、変わったと思っていた」 「過去形ですかぁ?」 「……ロイド」 組まれた足の上で、組まれた指先。 相変わらずパーツ、パーツ、全てが綺麗だなぁ、と。 ロイドは思う。浸るように、染み入るように。 「私の、騎士にならないか」 「何年来の約束でしたかねぇ、それ」 「八歳のころに初めて言ったから、もう九年か。長いものだ」 まだ、アリエスの離宮にいたころ。 母が生きていて、妹は闊達な少女だった。 壊される前の、平穏な日々を思い出す。 「僕、軍人ですよぉ?」 「お前を騎士にしたいのは、私の我侭だ。断る権利は、お前にある」 本来ならば、皇族から直接指名された人間に騎士拝命を断る権利などないけれど。 既に皇族である、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは鬼籍に入り、今居るのは皇族の真似事じみたことを強請っている子供。 だから、断ってかまわない。なにも問題ない、むしろ、そうするべきだとわかっている。 続ける言葉に、ロイドが笑った。 「僕のメリットは?」 「好きなことを一つ、叶えてやると、約束したな。そういえば」 兄、シュナイゼルと唯一対等にチェスを打てる、この男が羨ましかった。 だから、傍にいたかった。 どういう世界をみているのか、知りたかった。 強請ったのは、幼い自分。 騎士とは傍にいる者なのだとしか、わかっていなかった頃に。彼に頼んだ。 騎士になってほしいと。 返されたのは、今と同じ言葉。 ふと、それはC.C.と結んだものと似ていると思い返された。 「いいですよ。あなたの騎士に、なりましょう」 「願いは?」 「あなたがいつか、世界に優しさを振りまいた時にでも」 言いますよ。 笑みのなかで告げられた言葉に、ルルーシュが微笑む。 今は遠い昔に結んだ約束は。 昇華して、誓約となった。 形は似ているけれど、それは決して彼女と結んだようなものではなく。 儚くと貴い誓いで結ばれた絆。 *** ロイドの押しかけ騎士はやったので、今度はルルが望んで、というのをやってみたく、て。 あああ、相変わらず妙な方向に走ってすみません!! ちなみにロイドさんの願いは、全てが終わった後もルルと一緒にいたいとか結局そんなことです。 |