君と僕の相違点。




 大まかなデータはとって、あとは分析待ち。
 分析によっては、またランスロットに乗るかもしれないが、今しばらくは休みである。
 別段、汗をかくようなことをしたわけではない。
 必要なのは集中力。
 それに割く神経。
 何故なら、ランスロットを動かすのに大げさな動きはいらない。
 言ってしまえば、座ってキーを叩き、操縦桿を握り、ボタンを押し、アクセルを踏んで。
 そんなことだけで、事足りると言ってしまえばそれまでなのだ。
 勿論そこには細かい判断力や決断力が必要とされるし、動体視力が高くなくてはいくら機体のスペックが高かったところで宝の持ち腐れだ。
 なにより高い同調力が必要とされるが、それだけと言ってしまうことも勿論出来る。
 カタカタ手元を見もせずに、凄まじいスピードで数字が入力されていく。
 テンキーだけではなく、その間に挟まれる単語や数式は当然スザクが見たところでさっぱりわからないものだ。
 セシルは現在、ランスロットの整備状況を見るためにドッグへと掛かりきり。
 周囲にも人はいるが、近づくことは大してない。
 これは別にスザクやロイドが敬遠されているからではなく、其々仕事が忙しいためである。
「そういえばさ〜あ? 柩木少佐ぁ」
 しみじみ思うが、彼はいったい階級は何なのだろう。
 セシルがそうであるように、技術士官であろうと軍服の着用は軍規で定められている。
 勿論、そうは言っても整備などでは上着を脱いでいる場合もあるが、ロイドは必要最低限の着用もしていない。
 ゆえに、略綬も見受けられない。
 佐官である自分に平然と口を聞くから、少佐か其れ以上になるとはいえ、一体彼は何者なのか。
 短い付き合いではないが、未だにわからないことが多すぎる男がロイド・アスプルンドという男だった。
「はい? なんですか?」
「君さぁ、大切なひとっていないの?」
 あっさり問われた言葉に、一度間をおいてしまった。
 その様子に、ロイドは笑う。
「だぁめぇじゃなぁ〜〜〜い。騎士がそこで、言葉に詰まっちゃぁ。大事でしょ、第三皇女殿下のコト」
 言われて、僅かな放心状態から抜けたようにそうですね、と首を縦にした。
「大切です。ユーフェミア皇女殿下も、シュナイゼル殿下も、セシルさんも。ロイドさんも、特派のみんなも」
「そぉ。良かったねぇ」
 大事なひとがいるって、良いよねぇ。
 うんうん頷くロイドに、それがどうしたのかと、問い掛ける視線。
 気付いたのか、ひらりと手を振りアイスブルーを細めて答えた。
「聞きたかったんだぁ。君の、大事なヒト」
「なんでまた?」
「ちょっとした興味ぃ? まぁいいじゃない。別に」
「そうですけど」
 害そうとしたところで、皇族や軍人。
 無理だろうと、あっさり納得した。
 それが、甘かったことを後日知る。


 炎、煙、死体、腐臭。
 もう二度と眼にすると思っていなかったはずのそれらを目の当たりにし、スザクは眩暈がした。
 セシルの報告では、既にユーフェミアをはじめとした皇族たちは避難しているから問題ない。
 けれど何故、こんなことになっているのかがわからない。
 わからなくて、後方へ踏鞴を踏んだ。
 熱で頭がぼう、として、グローブに包まれた手が額を覆う。
 じわりとした熱に包まれることなく、汗で滑っていった。
「なんで………」
 目の前には、常と変わらぬ薄藤色の髪と、アイスブルーの瞳。
 突きつけた銃口に、けれど嘲弄しか彼の口元には存在していない。
「なんで、こんな………」
 少なくとも、エリア11総督府は壊滅状態だ。
 別の場所を暫定的に、総督府とするしかないだろう。
 それだけのダメージが、及んだ理由はひとつしかない。
 彼が内部から手引きをしたためだ。
 今は、黒衣に身を包んだ彼が。
「簡単でしょお? 柩木少佐」
 男は笑う。嘲笑う。
「君に大事なヒトがいるんだから、僕にいないなんてどうして思ったんだい?」
 向けられた銃口に、怯みもしない。
 広げられた両腕。漆黒の衣装は、スザクの眼にも慣れたもの。
―――黒の騎士団。
「我が君がね。悲しんでいたんだ」
「………だからって」
「うん、別に裏切って良いってことにはならないけどねぇ。我が君の傍に、本当の意味でいるヒトなんて、数えるほどにもいないのに。君の傍にばかり、誰かいたら不公平でしょ?」
 だから、裏切ることにした。
 軍を、特派を、セシルを、シュナイゼルを、スザクを、ブリタニアを。
「これはまぁ、僕の独断だし。あ〜、怒られちゃうかなぁ? 如何思う? 柩木少佐」
「ロイドさん!!」
 ガチリ。引き金に、力が込められた。
 ロイドはただの技術者で、銃弾を避けられるはずがない。
「撃てばぁ? 僕、君みたいに化け物反射神経してないしぃ。死ぬよ? アタマ撃ち抜かれればフツーに」
「………」
「自分の手では、殺したくない? でも、ゼロに銃口を向ける時は躊躇ってなかった、ってことじゃない。なんで?」
「彼は、間違ってる。悪だ……」
「君にとって間違いでも、僕にとって我が君は間違いじゃなぁいぃの。君にとって大事じゃなくても、僕にとってはとっても大事。要はそれだけのことだよ」
 とても簡単。
 誰かにとって大切な人は、誰かにとっては大切じゃなくて。
 誰かにとっての間違いは、誰かにとって間違いじゃない。
 果たしてそれが、正しいかどうかとなれば、また、別なのだろうが。
「さよぉなら、柩木少佐。君にとって大事じゃないんだ、僕が我が君を優先したところで、何も問題ないでしょお?」
 君が僕を大事というのは嬉しかったけど、僕にとっては君よりも我が君のほうが大切なんだぁ。
 笑う男の背後で、崩落音。
 顔を上げることなく、そこに見えたのは黒と金の機体。
 ゼロが乗る、ガウェインという騎士の名をもつKMF。
「あっはぁ〜! 我が君! 迎えに来てくださったんですかぁ?」
 嬉しそうな様子に、呆れたような声音が外部スピーカーから漏れた。
 勝手なことをするなという語調に、怒りは滲んでいたけれどロイドが気にする様子は露ほどにも無く。
 むしろ、迎えにきてもらったことばかりを喜んでいて聞いていない様子だ。
 ランスロットのキィは手元にあっても、肝心の機体は既にトレーラーから運び出された後である。
 歯噛みをして、見送るしかない。
「じゃあねぇ、柩木少佐ぁ。戦場でぇ〜〜〜」
 手の平に乗ったロイドを確認するなり、フロートシステムを起動させてガウェインが浮かび上がっていく。
 かかる暢気な声音に、スザクは立ち尽くすことしか出来ない。
 崩落音が、響き渡る。
 それは、大切だったひとが一人、手の中から零れ落ちて砕ける音に似ていた。



***
 寝返りネタでした。一度はやらねば。
 ルルにとってスザクは大切でも、スザクにとってはルルは大事じゃなかったんですよね、と、20話見てて思いましたので。
 じゃあ、ということで裏切らせてみました。(鬼か





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