VS Princess



 それは夢だとわかっていた。
 だからユーフェミアは安心していた。
 夢は、傷つけない。
 現実は彼女に、とても苦しい想いをさせる。
 兄や姉のように、力がないこと。
 兄や姉のからは、頼りにされないこと。
 兄や姉たちが、己の騎士を厭うこと。
 それらは、ユーフェミアにとても辛く哀しい想いをさせてばかりだ。
 だから、これが夢だとわかっていた彼女は安心していた。
 此処で傷つけられるはずがない、と。
 わかっていたから、安心していたから。
 心から微笑んだ。
 口元に笑みを浮かべて。
 瞳はゆっくりと弧を描いて。
 頬に宿る薔薇色は、常に賞賛を浴びるもの。
 彼女の心からの笑み。
 それを、一笑に附した。
「―――え?」
 ここは夢のはずなのに。
 どうして、自分の望まぬ現象が起きるのだろう。
 今、望んだのは。
 微笑み返してくれる、自分の騎士だったはずなのに。
 うろたえる様を、もう一度呆れたような嘲笑。
「だ、だれです!」
 声音は空しく響いた。
 遠くを駆ける様に。
 周囲を見回す。
 美しい花畑、美しい青空。
 見慣れた世界。
 それが当然の世界。
 気のせい? 小首をかしげたところで、ユーフェミアは息を呑んだ。
 見慣れた世界に、見慣れぬ少女が一人。
 赤いワンピース、白いつばの広い帽子、そこから覗く長く見慣れぬ色の髪。
 少女もまた、彼女に気付いたのだろう。嘆息を落とした。
 声音が、耳に届く。
「しまった。こんな場所に来るなんて」
 失態だ、失敗だ。そんな言葉に、ユーフェミアはむ、とした顔を露にした。
 こんな美しい世界を。
 この夢の世界を。
 侮辱するとは、何事だ。
 言い返そうと口を開いて、琥珀色に睨みつけられ閉ざさざるを得なくなる。
「その美しい装いは、エリア18の悲鳴と怨嗟で」
 ひたりと見つめてくる瞳の、なんと冷たいこと。
「その美しい髪飾りは、エリア9の絶望と懇願で」
 吐かれる声の低さの、なんと恐ろしいこと。
「その美しく磨かれた爪は、エリア13の破壊と流血で」
 距離は然程離れているはずないのに、冷ややかな様子に足がすくんで動けない。
「そのお気軽でお手軽で愚鈍で愚昧で軟弱で脆弱で惰弱で貧弱で。甘ったれた精神は、どれだけの人間の死体を踏みつければ作れるのだろうな」
 断罪者などでは、彼女は無い。
 それは、ユーフェミアにもわかったけれど。
 彼女は一言も、発することは出来ない。
 発言を赦されたとしても、竦んでしまって動けないことだろう。
 帽子を直した少女は、なおも続ける。
「飢えに苦しんだことはあるか、守らねばならぬ者をもったことはあるか、誰かを守り通すと決めたことはあるか、決めたところで行動したことはあるか、一杯の水のために争ったことはあるか、 医療品が足りないがゆえに落とした命を目の当たりにしたことはあるか、いつ殺されるかもわからぬ世界に身を投じたことはあるか、愛していたものに銃を向けたことはあるか、その引き金を引いたことは あるか、殺さなければならない者の命を望んでしまったことに対する葛藤はあるか、殺すとわかっていても助けたいと願ったことはあるか、戦ったことはあるか、奪われたことはあるか。なぁ、答えてみろ」
 なにもしたことがない。
 そのくせ、与えられるものに満足出来ない。
 傲慢な皇女。
 侮蔑の光に、ようやっと気付いた。
 けれどやはり、口は開けない。
 何故なら、対する彼女から吐かれたほとんどを、ユーフェミアは体感したことがない。
 いつだって、優しい世界に守られて。守られすぎるほどだと、不服に想っても。
 温かい食事、流行のドレス、清潔なベッド。
 流血とは無縁の場所に、彼女はいた。
 それらを姉が引き受けているとは、なんとはなしに気付いていたけれど。
 所詮、姉よりもKMFの才能の無い身。出来ることをしようとして、戦場には目を向けることもしなかった。
「お前が望めば、きっと叶うだろう。無論、分相応な願いのみだろうがな。だが、本心を言えばお前達など滅びてしまえばいい」
 ひたと見据える瞳の、強いこと。
 皇族とてそうはいない、意志の強さに。
 彼女は、すぐ上の兄を思い出した。
 るるーしゅ。るるーしゅ、すざく、たすけてください。
 ひたすらに祈った。
 ここは彼女の夢だから、本当ならば助けがくるはずなのに。
 助けは来ない。
「祈りが通じない絶望は? 妹に対して嘘をつかねばならない絶望は? 妹に満足に梨ひとつやれなかったことに対する悔しさは? なぁ、お前がそうしてのうのうとしている間に、あの男は一体どれ程の 辛酸を舐めてきたかわかっているか?」
 眇められた瞳。
 侮蔑の色は、宿ったままだ。
「助けを求めることのみ、一人前か。つくづく甘い、そのぐだついた精神では、なにもさせるなという総督やその周りの人間は偉いとしか言いようが無い」
 心底から漏れる嘆息。
 本心から呆れ果て、侮蔑し、見捨てている様子が否めない。
「忘れるな。お前がいる其処は、他人の絶望と懇願と流血と肉塊と怨嗟と悲鳴と怒号と絶叫と悔恨と諦念と死体と悲壮を踏み付け踏み躙り、土足で汚し、作られたものだ」
 助けてといって、助けられるのだから良いご身分だな。皇女殿下。
 外された白いつば広の帽子。
 一層眼に鮮やかになった彼女の髪色。
 ライトグリーン。
 それは、見慣れた美しい花園を一瞬で褪せさせてしまうもの。
 一つ瞬きをした時には、既に彼女はいなかった。
 これは夢のはずなのに。
 ユーフェミア自身が、いつもいる美しい世界の再現のはずなのに。
 何故か足元は、灰色の罅割れたコンクリートの大地だった。



***
 くらんぷによくいる、夢見の夢渡り、を、C.C.にやってもらってしまいました(遠
 うっかり夢を渡ってしまったり、して、くれ、ないかなぁ、とか……。
 ナナリーも出来そうですよね! 夢繋がりで!!(それは別作品





ブラウザバックでお戻り下さい