妙な焦燥感にかられて、クラブハウスへ訪れたのは夜の八時も回った頃合。 騎士として寮から更に上の生活空間を与えられたが、そこはクラブハウスよりも遠かった。 必然的に、彼の家へ行こうとしたらそうと意識し時間を空け、確認をとってからでなければならない。 けれど今日のスザクは、そのどれもしていない。 ただ、妙な焦燥感に駆られて走っていた。 ドア・ノッカーを、幾度か叩くとすぐにメイドの佐世子が顔を出した。 いくら彼が主二人の幼馴染とはいえ、来客の予定には入っていない。 入れて良いのか迷う風をしていれば、女主人でもあるナナリーが入室の許可を出した。 お兄様でしたら、お部屋ですよ。 ほのぼのと微笑む彼女に短い礼を告げて、急ぎ足で見知った部屋へ走っていく。 夜の八時だ、大抵の学生ならば起きている。 宿題を忘れるような、性格ではない。 ここしばらく軍が忙しすぎて叶わなかったが、課題をしているかもしれない。 兎に角早く会いたくて、彼の部屋の前に立った。 乱れる息と、鼓動。 迫る焦燥感は、無意味なはずだ。 けれど胸に蟠り、鉛より重く残って仕方が無い。 ノックをしようと、手の甲をドアへかざしたところで扉が開いた。 「あ……」 ごめん、夜に。 違う、こんばんは? それとも、いきなり来て悪かった。 どれもおかしな気がした。 彼らは、彼は、いつだって笑って迎えてくれるものと信じているから。 知っているから。 けれど、予想ははかなく裏切られる。 白い拘束服風の衣装をまとった、ライトグリーンの長い髪の少女。 見覚えがないとは、言えない。 彼女は、毒ガスと勘違いされて拘束されていた少女のはずだ。 あの一件が、スザクとルルーシュを引き合わせた。 「君は……!」 驚く声音で思わずのように呟かれた声音に、琥珀色の瞳が不機嫌げに寄せられた。 顎をしゃくられ、客室を示される。 後ろ手に閉められれば、結局スザクはルルーシュの顔を見ることも出来なかった。 なにかを言おうとしたが、さっさと歩いていってしまった少女を追わないわけにもいかぬ空気。 結局、スザクは後を追った。 灯のつけられない部屋は、けれどゲストルーム特有の間取りの単一さのせいかどこになにがあるかわかりやすい。 それでなくても、軍人の習い性として間取りや窓、ドアの配置には気をつけている。 「ようやく眠ったところでな。起こすのは流石の私も躊躇いがある」 だからこちらに連れてきたのだ。 前置きもなく、少女は言う。 「……君は」 「私に対する質問を、お前に認めていない。さっさと帰れ」 声をさえぎる命令口調に、スザクがむ、とした表情を作る。 けれど少女は何処吹く風だ。 「僕は、ルルーシュに逢いに来たんだ」 「会ってどうする?」 「それを君に言う必要は無い」 「ハ、ブリタニアの狗が、ブリタニア嫌いのあの男に、今更なにを語る」 「………!」 「理想か? それとも、自分の情報を共有? わかって欲しいと? わかってくれと?」 「……なにが言いたい」 「今、あの男は割りとギリギリでな。なのに外では忙しく立ち回り、どっかの莫迦の後始末を手伝い、家では妹に心配をかけまいと気を張り詰めている。たまには休ませてやれ」 「君だって、ルルと一緒にいるんだろう」 「私はいいのさ。私を前に、あの男は取り繕うものをなにも持っていない」 それが暗に、深い関係を示すようで。 露骨にスザクは顔を顰めた。 「ルルーシュが寝ているというなら、起きるまで待つよ」 「待てるのか? それだけの時間があると? 第三皇女の騎士で、ランスロットのパイロット。テロリスト共は、時間を選んじゃくれないだろう」 言葉はもうちょっと真実味のあるものを放つべきだ。 言霊信仰といったか? などと、少女はあざ笑う。 「じゃあ君は、なんの権利があって僕が会うのを不適当だという」 「権利? そんなもの。私は私の利益のためだ。自分の利益を守るために行動しているだけさ」 「ルルーシュに、なにを……!」 「言う必要は無い。それでもまだ、あの妹の騎士にでもお前がなっていれば、話は別だったろうがな」 選んだのだろう? お前は。 主とすべき者を。 ただ下された命令以上に、心から。望まれ、望んで、臨むのだろう。 ならばそんな男に言うことは、なにもない。 徹頭徹尾、欠片もない。 「君は、ルルーシュの……」 なんなんだ。 安普請な言葉は、再度の嘲笑に遮られる。 「騎士だとでも言えば、満足か? 第三皇女ユーフェミア筆頭騎士、柩木スザク」 突きつけられた言葉に、息を呑んだ。 それが事実、それが真実。 確かに望んで望まれて。本当の意味で、彼女の手を取ったから。 彼女の理想の手伝いを、するために。 「嗚呼、そうだな。もっと適当な言葉があった」 にやりと、少女の口元が邪悪なほど意地の悪い笑みを浮かべた。 「逃げ出すに逃げられないオヒメサマの眠りを守る、皇子様さ。私は」 だからお前は不要だよ。 他所のオヒメサマの騎士は要らない。 此処には皇子がいて。ここではない場所には、彼を守る騎士たちがいる。 だからもう。 「お前はお前の家に帰れ。ここは戻る場所じゃない」 間違えるなと、ライトグリーンの髪を鮮やかに揺らす少女は立ちはだかる。 *** 本当の意味でスザクがユフィを選んだ以上、もうあまり近づいて欲しくないかなぁ、とか。 所詮ルル側が大好きな人間です。相変わらず柩木さんに酷くてすいませんが。 C.C.は騎士より、王子様ポジション?! とか思ったら、うっかり楽しかったです。 補足せねばならないような小説で申し訳ありませんが、ルルがこんな早い時間に寝ているのは体力不足ゆえに騎士団の活動とかで疲れたんで早々に就寝しただけですよ(笑) |