「殿下!」 「ルル!!」 大切にナナリーを抱き上げたマオの両脇を挟むようにして、ラクシャータとミレイ。 どちらに、どの程度の人数がいるかは、正確でなくともこの場合大まかで問題ない。 嫌々ながらもヘッドフォンを外して、探査機よろしく活躍したマオは、穢い感情をモロに浴びて憔悴気味だった。 そこに、労わるような心と指先が触れてようよう息をつく。 重い扉は、それこそサブマシンガンをぶっ放されようともそうそう壊れることは無い。 ロイドとラクシャータの、傑作である。 篭城用に作られている部屋は、それこそ上からグラスゴーが降ってきても大丈夫なほどの頑健さを備えている。 「こっちでも補足した。カレン、兄上への連絡は」 「済ませてあります。ですが、私兵を出し辛いと……」 「出す振りだけで構わない。無理は承知だと、もう一度打診してくれ」 「わかりました」 「C.C.、マオの近くに行ってやれ。相当参っている。まだ働いてもらうかもしれないからな」 「子供に無理をさせるな、まったく」 呆れながらも、否やはないのだろう。 マオの傍へ行ってやれば、ひしと抱きつかれて困った笑顔だ。 優しく母親のように抱きしめて、慰めてやっていれば、ナナリーと二人がかりのせいかいつもより回復が早い様子だった。 「あいつら、最悪だ。ナナリーとルル、殺そうとするなんて。しかもなんか、色々変なこと考えてた。気持ち悪い」 ぼそぼそと呟きだすマオに、ご苦労、と短いいたわりの言葉。 千の言葉よりも一の心が届いてしまうマオには、それだけで充分だったのだろう。 赤い鳥の羽ばたく両目を、涙でうるませるとこくん、と首を縦にした。 「ロイド、ラクシャータ、それぞれガウェインと紅蓮弐式の調整を」 「はぁ〜〜〜〜〜い。了解いたしましたぁ、殿下ぁ」 「いいけど、出すの? 目立つわよ。お抱えのKMF持ってるなんて知れたら、五月蝿いんじゃなぁい?」 大喜びでいそいそと地下へ降りていくロイドとは反対に、賛成しかねるといった顔のラクシャータ。 それはそうだろう。 離宮に、本来ならば武器を持ち込んではならない場所に、KMFという大量破壊兵器を持ち込んでいるのだ。 下手に立ち回れば、足元をすくわれかねない大きさである。 けれどルルーシュは笑った。 「あれはあくまでも、俺の騎士とナナリーの騎士がそれぞれ趣味で開発しているものだろう? しかも、試作機だ。実戦で験せるかなんて、わからない。俺達には、身を守る護衛に武官がほとんど いない。当然、上手く動かせるかもわからない。だから、その姿を出して、牽制と威圧をしただけだ。そうだな?」 「……そォね。そうだったわ、あれ、ロイドの玩具だもの」 ちょっと紅蓮弐式を一緒にされるのは、腹が立つけども。 まぁ納得した、とばかりに、彼女は煙管の煙を揺らめかせるとゆっくり地下への階段を下りていく。 紅蓮弐式のパイロットはカレンだが、彼女は表立って武官としては動いていない。 シュタットフェルト家の大人しいお嬢様であり、騎士というのも役職が皇族傍仕えの最高位であるからで、その本職はルルーシュの秘書業務というのが一般へ公開していることだ。 上位皇位継承権者たちにはその猫は通じないが、一、二度逢った程度の皇族たちに彼女の本性がバレる恐れはないだろう。 また、ガウェインを操縦するルルーシュも公的にはほとんどKMFの訓練を積んでいない。 一朝一夕で動かせるほど、KMFは甘くない。 マニュアルをただ読んだだけで動かせるような、チャチな性能はしていない。 それを逆手にとった策である。 皇帝まで誤魔化しきらなくてかまわないのだ。 この場を切り抜け、それらしい理由をつければ良い。 大切なのは、この場を切り抜けたという事実それだけだ。この場を切り抜け、相手を撃退した強者。 それだけが、今この場で必要な事実である。 「お兄様、危険は出来るだけ、避けてくださいね……?」 このブリタニアにいるからには、無理とわかっているのだろう。 けれども言わずにはおれない、といったような様子で、ナナリーは苦笑を示した。 頷いて、ルルーシュも降りていく。 カレンが駆け戻って、周囲を見回しても主がいないことに気付くと、すぐに事態を察したのだろう。 一度頭を下げると、彼女も地下へ下りていった。 「慌しい奴らだな、まったく」 落ち着いたマオからそっと離れつつ、C.C.が肩を竦める。 マオは、ヘッドフォンをつけなおし赤い眼を目立たせぬためのバイザーを掛けなおした。 「大事なんだって、みんな。だから、やるんだって」 せめてここだけでも、平穏を作れるように。 「あれは王の器も持っているのに、駄目だな。器はあっても、向き不向きはあるか」 「いいじゃない、殿下らしくて」 「はい。お兄様は、きっと皇帝や王になど、興味はないと思います」 変えることが、どれだけ労力のかかることか知っている。 どれだけ実現性が低いかを、理解している。 かといって、壊すにはリスクが高すぎることも承知している。 出来ない勝負ではないだろう。 けれど、リスクとリターンを考えた時にあまりにもリターン、メリットが少なすぎる。 だからやらないのだ。 代わりに、最低限守ると決めたこの箱庭じみた離宮を、全力で守ろうとする。 「頭が良すぎるのも、考え物だ」 呆れ果てたC.C.の様子だったが、声音はどこか軽い。 知っていて、わかっていて、一緒に居るのは彼女の意思だ。 それを、示すように。 口元へ浮かぶのは、緩やかな微笑み。 不意に、マオがまた声を漏らした。 一同が一斉に見つめれば、居心地悪そうに身を捩らせる。 ナナリーの手が、教えてください。という意思を込めて触れられると、また小さく口を開いていった。 「もう片付いたって。帰るから、一緒にお茶しよう、って。ルルーシュが言ってる」 そういえばお茶の用意をしていたのだと。 ミレイは気付いて、了承の意を讃えながら微笑んだ。 |