既に放課後。 遠く部活の音が微かに聞こえる此処は、アッシュフォード学園生徒会室。 主に学園の四割の行事を彼らのみの手で行い、加えて委員会や部活の予算案を教員たちより先に組む彼らは当然忙しい。 書類の山をひとつ片付け終えたところで、ナナリーのお茶にしましょう。という言葉に全員が賛成する。 疲れたー、とぐったり机に懐くのがシャーリー、リヴァル。 「会長が溜め込んだせいでしょうが」 貴方は懐く資格がありません、と、突っ伏したまま半眼になるシャーリーの言葉に、ミレイはてへへ、と、誤魔化し笑い。 ナナリーを手伝うといって席を立ったニーナが、両手にティーセットを乗せて帰ってきた。 それに続くように、ナナリーがその膝にディープパイを乗せてやってくる。 「ありがとう、ナナリー」 すぐに駆け寄ると、膝の上からパイを受け取る。 首を横に振るって微笑む美少女と、それを溺愛する兄の図は、いつ見ても目の保養である。 「お! 今日はパイか〜。会長、中ってなんですか?」 林檎? アプリコット? レーズンとカスタード? リヴァルが嬉々とした様子で問い掛ければ、よれよれしながら起き上がったミレイが眼を瞬かせた。 それから、ひらりと手を振るって見せる。 「今日は私が作ったんじゃないわよ?」 出来立て、というには少々間が置かれた感の否めないパイが、それぞれに均等に切り分けられていく。 それをいつもの皿へとそれぞれ乗せていくルルーシュの手は、休まらない。 「へ? じゃあ、今日はどっかで買ってきたんですか?」 シャーリーがのそりと上げた顔の先で、チッチッチ、と指を振るミレイ。 悪戯好きのそんな彼女の様子に、思わず警戒を覚えたのは最早仕方ないことといえよう。 「じゃーん! 今日はルルちゃんお手製のチェリーとレーズンのディープパイでぇ〜〜〜〜っす!」 褒めろ! とばかりに告げた彼女は、今回は何もしていない。 それどころではないリヴァルとシャーリー、それに紅茶を淹れていたニーナの手が止まった。 呆気にとられた様子を見るなり満足したように、うんうん、と両手に腰を当てて頷いている。 「えええええ、コレ、ルルが作ったの?! ホントに?!」 「マジかよ! ぱっと見、売りモンだぜ?!」 「………えっと、本当……?」 おどおどとした口調のニーナまで、驚いているのがわかりナナリー用に一口サイズにしようとナイフを入れていたルルーシュが不機嫌そうに眉間へ皺を寄せた。 「俺が菓子作りが出来たら、おかしいか?」 「いやいやいや! おかしくないけどさぁ………、マジ?」 そう、別におかしくはない。 今日日お菓子作りが出来るオトコノコがいたって、不思議はない。 ただ、似合わない。と、なにより空気が全力で語っている。 「本当ですよ。昨日、私がおねだりしたんです」 久しぶりにお兄様のパイが食べたくなって。 ほのぼのと春の陽だまりよりも柔らかく微笑むナナリーの言葉に、一同は納得した。 嗚呼、彼女に食べさせるためか。と。 しかしそのほのぼのは、彼女自身の手でぶち壊された。 「お兄様は、本当になんでもお出来になられるんですよ。家事全般、得意でいらっしゃいますから」 「えぇ?! ルル、お料理とかも出来るの?!」 「マジかよ、え、なんで?!」 「………学園にいたら、細かい掃除にまで手が回らないだろう。だから咲世子さんに御願いしてるだけだ。自分のことくらい、自分で出来ないでどうする」 お前達だって、寮とはいえ最低限身の回りのことは何とかできるだろう。 あっさり言い捨てて、一口大に分け終えたパイにフォークを刺し、妹に渡してやる。 ゆっくり口元へ運ぶと、すぐに仕合せそうな笑みが返って来た。 「美味しいです。お兄様」 「そうか。嬉しいよ、ナナリー」 ほのぼの再来。 しかし、知らなかったらしい二人はなにやら打ちひしがれている。 シャーリーに到っては、沈み込んでいるといっても過言ではない。 「そんな。お料理も掃除も洗濯も出来て、しかもこんな美味しそうなパイまで作れるって。っていうか、ナナちゃんも美味しいって言ってたし」 どれだけ完璧なんだろう、ルルって……。 恋する乙女には、家事全般有能な少年は眩しすぎたようだった。 そんな様子に笑いながら、ミレイは自分に分けられたパイをざっくり切ると口の中へ放った。 うん、美味しい。 満足げな笑顔の多い、あるアッシュフォード学園生徒会室での一コマ。 *** まだスザクが転入してくる前、のイメージでした。 ゆえにカレンも生徒会室にはおりません。 ちなみに、ルルが家事全般こなせるのは、公式です。 でも、出来るようになった経緯を考えるとちょっと笑えないものがありますね(苦笑 |