はい。
 とばかりに置かれた小さな箱を前に、ルルーシュは紫色の瞳を数度瞬かせた。
 目の前に座る女性はにこにこと微笑むばかりで、促すこともない。
 傍に立つスザクがそれへ手を伸ばしかけたところで、遮るようにリボンを解く。
 小さなキャンディが、ぱらぱらと宝石のように無造作に放り込まれていた。
「手ぶらもアレかと思って」
 にこり。
 満面の笑みで、彼女は笑い、カップをティーソーサーへ戻した。
「久方ぶりの再会だから?」
「そうね、幼馴染というにはちょっと御幣がありますけれど」
 久しぶりの再会だから。
 ゆったりと首肯する彼女の姿勢は、余裕であるけれど凛とした佇まい。
 決して一朝一夕で得られぬ、品のよさが醸し出されていた。
「そういえば、ニッポンにはホワイトデーという不思議なイベントがあったな」
「えぇ。うちの学園でも、ホワイトデーは一大イベントだったんですよ」
「ほぉ。見てみたいものだ」
「視察の際は、是非おっしゃってくださいませ、陛下。当主も喜びますわ」
 ますますマリアンヌ様に似ていらしたのではありませんこと? にこやかな笑みの言葉に、スザクがほんの僅か、顔を曇らせる。
 けれどもルルーシュはかまうことなく、だと良いがな、と、笑った。
 笑ってみせた。
 マリアンヌのその性分も、性格も、性根も、ルルーシュでさえ、知ったのはつい先ごろのことだというのに。
 ただの、幼少期の知り合いであるだけの彼女が、知るはずもない。
 わかっているから、ルルーシュは一般的な対応をして見せた。
 以前であれば、少しは喜んでみせただろう。敬愛する母と、容姿とはいえ似ていると言われれば。
 そこに違和感をほんのわずか、ミレイは覚えたけれども、口を噤んだ。
「ルーベンは健在か、なによりだ」
「まだまだ、現役を退くには早いと言って困りものです」
 上滑りをする会話はひどく薄ら寒く、小春日和がなにほどのものぞと言わんばかりである。
 黙したままのジェレミアとスザクという存在がまた、威圧感を放っている。
 ここにまだ、以前の婚約者であるロイドやセシルがいれば空気は変わっただろうが、あくまでも今回ミレイが来ているのは正式にアッシュフォード家の令嬢として第99代ブリタニア皇帝へ面会を求めたからに他ならない。
 そんな場に、騎士はともかくただの技術者が同席出来るはずもない。
「君の仕事ぶりを、ネットで見たよ」
「光栄ですわ」
「不思議な気分だな、知人を画面越しに見るというのは」
 ゆるく組んだ足を直し、ルルーシュが僅かに遠い目をする。
 不意に思い出すのが、自分の知っている、よく知っている、知っているはずだった、少年の存在だ。
 街頭の液晶に映る義兄弟たちを見るたびに。
 全校集会が開かれ、皇族の演説を見つめる度に。
 憎悪と、嫌悪と、微妙な齟齬をない交ぜにしたような顔をしていたことを、ミレイは知っている。
「どうした?」
「いいえ。懐かしくなって」
「……そうか」
「えぇ」
 会話は上滑りする。
 ミレイ・アッシュフォードと、ルルーシュ・ランペルージはとても仲の良い仲間であったけれど。
 ミレイ・アッシュフォードと、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアには、ほとんどなんの接点もない。
 だから世間話以上の話など、出来ようはずもない。
 わかっていたけれど、覚悟していたけれど。
 なるほど、なかなこれは堪える。
「……見てみたかったな」
「え?」
「君の学園を。君が取り仕切っていたのだから、とても楽しかったのだろう」
「えぇ、それはもう。毎度毎度、フォローに徹してくれる副会長が有能でしたから私は楽しめばいいだけで楽なものでしたけれど」
「なるほど、副会長の苦労が偲ばれる」
「あの子は好きで苦労背負い込んじゃうところがあったから、息抜きが出来れば良かったんですけど」
 いつもやりすぎちゃって。
 あの子には、重荷になっていたのかしら。
 苦笑交じりに肩をすくめれば、そんなことないさ、と、柔らかな声がかかった。
「君が副官に指名するだけのものなんだ、君の意図にくらい、気づいていただろうさ。ミレイ」
 感謝を忘れるような人間を、副会長に据えたのか?
 意地の悪い紫で問われれば、まさか、と笑った。
「だったら、いいわ」
「物語は常に、喜劇で終わらなければ」
「楽しいことで続きが楽しめるように?」
「そう。悲劇的に幕を下ろすのでは、次へ進めないからな」
 最後のページの後にも、楽しい未来を彷彿とさせなければ。
 世界が広がっていることを、示すためにも。
 薄く笑いながらつぶやけば、ほんの少しだけミレイが微笑んだ。
「どうした?」
「安心したの。そういう、やさしさに」
 返された言葉に、ルルーシュは静かに微笑んだ。
 サンルームの宿る陽だまりは、春と冬の間をゆらゆらと揺れていた。
 やさしい言の葉は、日差しに暖められて。
 紅茶の香りは、心を温めて。
 だから、油断をしたのかもしれない。
 こんなやさしいことを言うのだから。こんなやさしい顔をするのだから。
 もしかしたら、ルルーシュの手腕ひとつで、世界はいくらでも良いほうへ転がるのではないかと。
 それは自身にとってだけではなく、世界に対してだけではなく、ルルーシュ自身にも、良いほうへ転がるのではないかと。
 油断をしてしまったのかもしれない。
 いつだって、誰かのために必死になる彼が。
 自分を後回しにしてしまうことを、彼女自身、痛いほど理解していたはずなのに。


*****
 ミレイ会長が現場にいなかったことが、ある種救いだと思ってる。あの場でルルーシュ助けようと、彼女なら駆け出しちゃったんじゃないだろうかと思って。


三月、匿ってくれていた彼女は遠ざけられた




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