しゅるりと、白い衣装に袖を通し、ピンとはった気配に口の端を綻ばせる。
 セットされた髪の上へ帽子を載せれば、ピンで止めてもいないのに微動だにしない。
 彼の姿勢の良さなのだと、武道をしているスザクにはわかった。
 いつか自身が着ていた、白い騎士服とどこか似通っている。赤いゴテゴテとした飾りは自分ごのみではないけれど。
 ゼロのスーツに、小脇に仮面を抱えた格好で、彼は愛しき怨敵と相対した。
 これが最後ではない。
 本当の最期は、まだ残っている。
 悲劇的で、喜劇的で、激的な最期が、まだ。
 くしゃりと歪んだ顔を出してしまっていたのだろう、ルルーシュが静かに微笑んだ。
「駄々をこねなくなったな」
 それだけが、今の俺の救いだ、と。
 二十年も人生を生きていない少年は、穏やかにつぶやいた。
 年長者らしい、物分り良さそうな態度。実際には、スザクのほうが数ヶ月年上なのに。
「真ん中バースデーとか」
「ん?」
「真ん中バースデーとかに、すればよかったかもね。この、ゼロ・レクイエムを」
 口をついたのは、らちもない戯言だった。
 いつも通りの自分など、もう作れないだろうというのはよくわかっていた。殺す時間まで、もうまもなくなのだ。
 余裕などあるわけがない、常態など保てるはずもない。
 枢木スザクは、弱い人間だった。
 そしておそらくは、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアも。
 二人共揃って、弱い人間だった。同じ弱さを抱えていたから、同じ痛みを抱いていたから、見たくなくて見ない振りをして、その結果致命的なまでに破滅することになった。
「懐かしいな、真ん中バースデー。会長が騒いでたっけ」
「僕のところにも、連絡きたよ。真ん中バースデーパーティーやろう、って」
 招集があったから、いけなかったけど。
 翠緑の瞳を笑みにして言う少年は、ほんの少しだけ学生のようだった。
 子犬のような幼さを頬に、瞳に、宿していた。
 スザクが、ギザギザとした敵意でもザラザラとした嫌悪でもない空気を向けてくるのは何年ぶりだろうか。
 すぅ。と息を深く吸って天上を仰ぐ。
 吐き出すと同時に瞳に映るのは、無機質な天井だ。室内なのだから、空の青を瞳に映せるはずもない。
「満足かい?」
「それなりに」
 それは、本当はどちらの台詞だったろう。
 どちらも、相手に、聞きたいことで、伝えたいことだった。
 今の世界に満足か、この結果で満足か。
 百点満点には程遠いけれど、それでも満足だと。
 今までの全てを昇華させる少年と、これからの全てを踏破する少年は向かい合った。
 白と黒の相似は、いつか相対した時とは綺麗なまでに正反対。
 憎んで、裏切って、手を取り合って、離れる。
 多分、世間にはよくある話なのだ。自分たちだけが、なにも特別なわけじゃない。
 ただ。そう、ただちょっと、これからの世界や、今までの世界が、オマケのようにくっついてくる。ただ、それだけのこと。
「時間だ」
「……そうだね」
 情緒もなく言ってくる相手に、スザクは苦笑するしかない。
 決めたことには、揺らがない。
 あまりにも潔すぎる。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという人間の本質だと、知っているからもうなにも口にしない。
「ルルーシュ」
「どうした?」
「許しは請わないよ」
「あぁ。いらない」
 あっさりと、言い切って、手を離して。
 ルルーシュは、背を向けた。すぐにいくつかのパネルを操作し、既に地方へ逃れているC.C.と連絡をとっている。
 放り出されたような感触を味わいながら、ため息を飲み込んで車に乗り込んだ。
 永劫別れる二人の、最後の会話にはあまりにあっけなく、味気なく。
 まるで明日があれば、そのまま次の会話に進めそうなやりとり。
 けれどもう、そんな明日が来ないことを、背を向け合って顔を見ることもない二人は、理解していた。


***
 またこの日がきましたね。スザクはちゃんとゼロやれてんのかなぁ。
 いつもみたいに、またねもなくさよならするんです。明日なんてもう自分たちにはないから。


シーソー




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