最初は、ただの違和感でしかなかった。 不意に首を巡らせた先、呼びかけようと震える喉。 確かにあったはずなのに、けれど無い違和感。 一拍置いて「あぁ」と思い直しては、諦念と決意を新たに抱く。 はじめはただそれだけだった。 次に、眉を寄せはじめた人々に声をかけられることが多くなった。 「大丈夫ですか、ゼロ」 ナナリーの言葉に、首を傾いでみせる。 『なにか私の発言に不備でもあったかな?』 「いいえ。……いいえ、なにも。なにもありませんわ」 ならばなにを。 問えば、ナナリーは痛ましい顔をしていた。 原因などわからない。 神楽耶も、同じ態度だった。 「……本当に本当に、自覚がありませんの」 『一体先日から、なんの話かね?』 「あなたが……」 言葉を一度切って、従姉妹は憎らしく悔しそうな顔を崩さずに言う。 「あなたが、あまりにもすっとこどっこいだからですわ」 そうしてカレンまでも、苛々と詰め寄ってきた。 「アンタねぇ、いい加減にしなさいよ!!」 『条件はすべてクリアしている。なにも問題なかろう?』 「問題?! あるに決まってんじゃない! 死んだらどうするつもり?!」 『愚問だな、紅月カレン。私がそのような愚を犯すとでも?』 「えぇ、えぇ。ゼロならしないわ、そんなことしないわ。出撃するたびに無頼壊して絶対守護領域を持っていた蜃気楼さえ壊したって、ルルーシュは逃げることに関しちゃ一家言あるでしょうからね! でも、スザク、アンタ……あんな、最前線にあんな無茶な突っ込み方して、死んだらどうするのよ!!」 ヴァインベルグ夫人となったカレンが、叫ぶようにして胸座を掴みあげてくる。 大して余り布の無い服は、それだけであちこちを締め上げた。 『……私はゼロだ』 「うるさい」 『………』 「………うるさいわよ」 『なにも言っていないが』 「でも、腹の中じゃ色々言ってるでしょ」 わかってるんだから。 ぐすり。鼻をすすりあげる、既にミセスと呼ぶべき女を見つめる。 「……心配、なさっているんです。カレンさんも。勿論、わたくしだって」 電動車椅子を器用に操って、ナナリーがそっと室内に入ってくる。 無断で入室したことをたおやかに謝りながら、それでもナナリーには悪びれた風はない。 隣室で待機していたのだろうか。タイミングが良かった。 『………』 空気の圧縮音が静かに響いて、仮面がはずされた。 死んだはずの、枢木スザクにはまだどこか柔らかい線が残っていたけれど今の彼は頑健な刀のような鋭さがある。 口元まで引き上げられているマスクをはずし、そっと、手放せば壊れてしまうのではと怯えるようにそっと、仮面を机の上へ置いた。 「………いつも、無茶をするのはルルーシュなのに、僕が無茶をすると、この馬鹿、って、怒られた」 口調は訥々としたもので、とても幼かった。 十代の少年がそこにいる。 ゼロとしての十余年、彼は、<枢木スザク>ではなかった。 <枢木スザク>としての未来も、成長も、すべて、あの日に捨て去ったから。 だからここにいるのは、十代の少年だった。 あの日、決意と願い以外のすべてが手の中から零れ落ちた、<枢木スザク> 枢木スザクの残骸で、亡骸で、亡霊だ。 「聞こえるんだ。戦場にいると。ルルーシュが、怒ってくれる声が」 ―――お前は……生きろッッ!! それは、願いだった。 死にたがりの少年に対する、精一杯の願いだった。 そして、呪いだった。 往き続けなければならない、滑稽な呪いだった。 「聞こえるんだ。ルルーシュの声で、生きろ。って、お前は生きろ、って僕の中に刻まれたルルーシュが、無茶をする僕を怒る。生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ。ルルーシュが僕に言う。ルルーシュが僕に願う。その瞬間だけは、僕はルルーシュに会えている気がする」 翡翠の瞳が、ゆっくりと細められる。 笑みに似たなにかの、表情になったけれど。 カレンには、それがなんと名づけられた感情なのかわからない。 「だからって……っ!」 言葉は声にならない。 感情は波にならない。 押さえ込まれてしまう。吐き出し方が、わからない。 間違っていると叫びたいのに、ぶん殴って目を醒まさせたいのに。 わかっている。そんな資格、自分にはない。 世界中の誰にだって、そんな資格はない。 間違っていると叫んだら、スザクは喜ぶだろう。喜んで間違うだろう。 今度こそ、自らの望みとして間違うだろう。 それが例え、ルルーシュに困ったような笑みを浮かべさせることになっても。 「明日を夢見て眠る。やさしい世界になることを祈って眠る。希望を抱いて眠る。それは、素晴らしいことです。ねぇ、……スザクさん」 少女はわらう。 穏やかに、やさしく。 まるで他愛ない日々と、錯覚させるかのように。 「なんだい? ナナリー」 「そらは、あおいですか?」 「うん」 今日は朝から雨よ、この馬鹿。 カレンは、涙も流せず歯を食いしばった。 これが支払わなければならない代価だと、拳を握り締めて。 *** ルルが恋しくて病んだスザクとかって駄目だよね、うんごめんorz サイト掲載用に若干加筆修正。 |