「いや、これ、無理」
 書類を手に、スザクはきっぱり首を横にした。
 胡乱げな顔をしたのは当然ルルーシュで、なにが、と短く問い詰める。
 既に徹夜三日目に突入していた彼の頭は、常より回転が鈍い。
「いやだから、これ。こんなこと一遍に覚えて応用なんて、僕には無理。いくらなんでも」
 ビシリ。
 ルルーシュの額に四つ角が浮かんだ。けれど、自他共に空気を読まない男は平然としている。
「無理かどうかじゃない。やれ」
「無理かどうかの問題だよ。今後一切失敗できないことの準備期間が、二ヶ月ってどうなのさ」
「やれ」
「無理」
「スザク……」
 ギリギリ威嚇するような相手にも、どこ吹く風だ。
 そんなもの、この二年間でお互い嫌というほど味わってきたのだから。
「無理」
「妥協はしない」
「してよ。経済学とか、なにこの戦争特需からなる後の貿易摩擦緩和政策とか。僕の知らない四文字熟語があるんだけど」
「四文字熟語じゃない!! ただ漢字が連なっているだけだろう!! お前の読みやすいように日本語でまとめてやったんだぞ?!」
「あ、そういうところ本当にルルーシュってマメだよねぇ。ところでこの、貸金業法ってなに? 借金って法律あるんだ?」
「どこまで無知だお前!!」
「騎士とはいえ、政治や軍略用の家庭教師ついても金融関係はさっぱりだよ。農業とかなんてもうホント、お手上げ」
「あぁ、農業なんかに関しては私も口ぞえしてやっているぞ」
「そうなんだ」
 魔女が口を挟めば、翡翠の瞳を瞬かせてへぇ、と関心した様子。
 ともかく。
 改めるよに、枢木スザクはきっぱり言った。
「二ヶ月でこれは無理。いくらなんでも無理。君は自分が出来るからって、他人も同じように出来るって少し考えすぎ。頭動かす担当と、身体動かす担当じゃ、そもそもの知識量から違うんだから」
「ま、コイツの頭の悪さを含めても一理あるな」
 ピザのチーズを上手く切りながら、C.C.が悠然と肯定を示す。
 スザクだけならまだしも、彼女にまで首肯されてしまっては旗色が悪い。
 おまけに。
「うーん、陛下? 確かに、スザク君に一からこれを学ばせるには時間が足りないかもしれませんよ? 私も彼の課題見ていましたから、能力は知っているつもりですけれど……」
「反射神経とか、反応速度とか、マニュアル覚えるのは得意だけどねぇ〜」
 科学者二人も無茶だろう、という一致の見解。
 深いため息をついて、どっかり椅子へ腰を落とした。
「ならば、どれだけで出来る」
「せめて一年」
「長すぎる」
 即座に却下。
 けれど、スザクとて譲る気はない。
「いいじゃない、それくらい」
「半年」
「大して変わらないよ! それに……たかが、二ヶ月で僕の気が済むとでも?」
 冷えた若草色の瞳を、本来なら深紅に染まった紫水晶が見つめ返した。
「恨まれるなら、憎まれるなら。疎まれるなら、嫌われるなら、その針の上に、に少しでも長くいるべきだ。お前は」
 底冷えする、低い、声音。
 本音か否かを見極めようとして、魔女は早々に投げた。
 憎んでいないのが真実なら、憎む感情も本物だと、思い出すまでもなく彼女とて理解している。
 相反する感情を、持ってはならないという道理はない。
「……いいだろう」
「じゃあ!」
「あぁ、お前に図書館一個分の知識を二ヶ月で詰め込ませようなんて、到底無理な話だったな。……いいだろう、一年だ。一年、猶予をやる。その代わり、一年で覚えきれ。発展させるだけのものを身に着けろ、ただ覚えて終了なんて真似は認めないからな」
「いいよ。一年で、君に叶う……のは無理だとしても、ゼロとして立ち回るだけの知識を詰め込んでみせる」
「ならば」
「あぁ」

 結ぼう、その契約。

 どちらともなく、不敵なまでの笑みを漏らした。






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