黒薔薇攻防戦



 ブリタニアは、国花として薔薇を据えている。
 品種は無い。
 薔薇という種、全てを国花として扱っているのだ。
 ゆえに、ブリタニアでは薔薇のブリーダーが多い。
 皇帝は言うに及ばず、皇族は誰でも自分の薔薇を持っている。
 序列も、出自も花の前では関係ない。
 皇族に連なるということは、己の薔薇を得るというのと同義なのだ。
 ルルーシュ達の母、マリアンヌは、美しい青い薔薇を与えられた。
 ナナリーは、ミルクティ色の甘い馨りの薔薇を。
 そしてルルーシュには、いっそ見事なまでに漆黒の薔薇だった。
 いや、よく見ればそれは深い深い紫だ。
 ブリタニア皇族を象徴する、紫。
 色濃い紫を与えられた子供に邪推をする人間は、残念なことに多かった。



「たかが、花だぞ?」
 呆れ果てて物も言えないというように、ルルーシュは毛足の長いソファへ身体を沈める。
 第十一皇子、第十七位皇位継承権者といえば、お飾り、名前だけも良いところだ。
 ゆえに目立たぬよう、与えられる以上の仕事はせず、ルルーシュは離宮に引き篭もっていることが多かった。
 母が死に、後ろ盾となってくれていたアッシュフォードも彼女を守れなかった罪として爵位を剥奪された。
 当然、自分達にも相応の身になるのだろうと思っていたところで、保護を申し出たのが第二皇子シュナイゼルと、その知己であるという関係上アスプルンド家だった。
 自分だけならばなんとでも出来たが、彼には事件のせいで足の自由をと視界を奪われた妹がいる。
 幸いにして、身分の高い第三皇女の覚えも良かったため、離宮に住まう許可を下された。
 もっとも、それにもルルーシュは趣味が悪いにもほどがある、と唾棄したけれど。
 政治の道具として、どことも知れぬ場所へ飛ばされるよりずっとマシである。文句は胸の内で堪えた。
「たかが花で、なんでああも躍起になるんだ。他の連中は」
 理解出来ないと、読みかけの本に手を伸ばしながら嘆息する。
 事件は、先日起きた。
 皇族の人間は、それぞれ己の薔薇を持つ。
 薔薇は、贈り物に添えられることも、社交界で胸にさす場合もあり、身分関係無く得ていることから専用のブリーダーチームが管理しているはずだった。
 けれど先日、何者かが、ヘクタール単位であるルルーシュの薔薇を全て切り落としてしまったのだ。
 犯人は今をもって行方不明。
 ルルーシュ自体に探す気がないのだから、このまま永遠に捕まることは無いだろう。
「ナナリーの庭には手出しをしなかったようだから、良いけどな」
「よろしいのですかぁ? 殿下ぁ」
「放っておけ。シーズンに、無意味に顔を出さなくなって丁度良い」
「つぅーまぁーんーなぁーいーーー。せぇっかくミレイ君と二人で、色々着飾る計画立ててたのにぃ」
「お前、本当に俺の顔が好きだな」
「綺麗ですからねぇ。あっは! それに、主を美しく飾るのも、騎士の役目ですよぉ。騎士の評価は、主で決まる」
「主の評価も、また騎士で」
 逆も然りということだ。
 いってやれば、其の通り。とばかりに、ロイドは目を細めて笑いながら顎を引いた。
 後見になり、アッシュフォード家とも縁戚を結んだアスプルンド家の長子で、爵位を持つロイド・アスプルンド。
 数少ないこの離宮に出入りする一人であり、爵位をはじめから持っていた珍しい騎士でもある。
 大抵の騎士は、まずその武を買われて軍から引き抜かれることが多い。
 家柄も良いものを当然選ばれるが、大抵は騎士侯である者がほとんどだ。騎士に取り立てられれば、一気に昇進もする。
 だが、それには相応の覚悟が必要だ。
 主の赴くところはどこへでも。が、騎士の基本スタンス。
 武で取り立てられた者は、武を以って恩義を返すのが通例。だが、生半可な主に仕えれば激戦区で戦死しかねず、かといって下位の主につけば離宮に追いやられ活躍の場もないまま潰れかねない。
 評価をあげていない騎士はその程度とみられ、そんな騎士を持つ主もまた、其の程度かと見下げられる。
 貶しあい、貶めあい、罵りあいが大好きなのが、皇族の特徴である。流石に、上位皇位継承権保持者達はそんな真似表立って見せないけれど。
「薔薇は僕の家にある予備のものを用意しましょ。ですから殿下ぁ、あっちの部屋にご用意した服、着てくださいよぉ」
「断る。なんで結託してるんだ、お前ら」
「婚約者ですから、僕ら」
 ねぇねぇねぇねぇでぇ〜ん〜かぁ〜〜〜〜〜。
 鬱陶しいほどに強請ってくるロイドに、けれどルルーシュは断固として首を縦に振るわけにはいかなかった。
 少し見た、ちらりと見た。
 なるほど、あれならば自身の深く暗い紫の薔薇に相応しいだろう。
 だがしかし!!
「俺に女装する趣味はない!!」
「だぁいじょぉぶですってぇ。お似合いですからぁ、きっとぉ。いやむしろ絶対?」
「そんな確信いるか!」
「わざわざ生地まで特注して作らせたんですよぉ?」
「そんな無駄金使う暇があったら、ナナリーにプレゼントを用意しろ!」
「しましたともぉ! おそろいじゃないですけど。殿下のドレスの余り布で、リボン作ってみましたぁ。来週のパーティーでつけてくださるそうですよぉ」
 仲良し姉妹に見えますねぇ。
 ほのぼのと言うロイドに、一瞬ゆるみかけたルルーシュの顔が引き締まった。
 無論、緩んだ理由は同じ生地のドレスとリボン、というところだ。
 どこまでもシスコンなのは、ブリタニア皇族のもう一つの特徴、なのだろうか。
「誰が姉妹だ!!」
「だぁいじょぉぶですよぉ。ミレイ君にも見せてもらいましたから、殿下の女子制服姿ぁ」
「………見たか」
「はぁい」
「ナナリーには」
「まだ言ってませぇん。ざぁんねんでしたぁ〜〜〜〜〜」
「言うな、絶対に言うな。言うことは赦さん」
「じゃあ着て、来週のパーティー出てくださいね?」
「………」
「でぇーんーかぁ〜〜〜〜〜〜」
「わかった、わかったから今すぐお前の実家に連絡して、俺の薔薇を用意させろ!!」
「あっは! やったぁ。今すぐにでも!」
 意気揚々と、一礼して出て行くロイドに、手にしていた本を投げつける。
 当然、派手な音は立ったもののそれは扉に当たったからで。
 ロイドは既に廊下へ出てしまっていた。
「………アイツを騎士にしたのは、失敗だったか……・?」
 がっくりと項垂れながら、人生最大の協力者の変質度に嘆くことをやめられないルルーシュであった。



***
 いちまんひっとありがとうございます。
 お持ち帰りはご自由にどうぞ。報告は任意です。
 その際なにか一言仰っていただけますと、管理人がPCの前で喜びます。(しょぼい
 
 ちなみに、ルルの騎士はロイド、カレン、C.C.、ナナリーの騎士に、ミレイ、マオ、ラクシャータ。
 咲世子さんはメイドさん。離宮に出入りしているのは、ほとんどそれだけです。
 皇族の当たりもそんなに激しくない、物凄くルルに優しい世界です(笑






ブラウザバックでお戻り下さい。